新たな脅威に備える ─ DDoS攻撃の実態(第10回)
コラム2024年12月以降、日本国内の金融業界が相次いで報告しているDDoS攻撃の影響は深刻です。オンラインバンキングなどの重要サービスで一部障害が発生し、年末年始に向けた繁忙期に顧客・利用者への混乱をもたらしました。背景には、国際的に複雑な情勢が絡む中で、いわゆるロシア系ハクティビストグループによる標的拡大が指摘されており、金融機関の経営層としては一段と警戒を強める必要があります。
DDoS攻撃がもたらす影響
DDoS(Distributed Denial of Service)は、分散された多数のホストから膨大なトラフィックを送りつけ、ネットワークやアプリケーションを過負荷状態に追い込む手法です。金融業界の要であるオンラインサービスが停止・低速化すると、(1) 取引停止による顧客離脱、(2) 問い合わせ窓口の混乱、(3) ブランドイメージ損傷といった深刻なインパクトが生じます。
最近の攻撃事例と注目点
年末に発生した障害例では、従来型のSYNフラッド攻撃に加え、ウェブアプリケーション層を集中的に叩いてサービスを“内部”から止める高度なDDoS手法が見られました。短時間ながら大容量トラフィックを繰り返し送り込み、守る側の対応を疲弊させる「断続型アタック」(短時間の攻撃を繰り返して守る側を消耗させる手法)が行われたケースも報告されています。さらに、ウクライナ情勢を背景に、ロシア系ハッカーが「金融を巻き込む」攻撃を宣言しているとの見方もあり、国内外のセキュリティ専門家が警鐘を鳴らしています。
経営層が理解しておくべきリスク
DDoS攻撃への備えを怠った金融機関がまず直面するのは、運用停止と信用問題です。オンラインバンキングや取引システムが一時的でも機能しなくなると、クレーム対応や補償などに多大な負荷がかかり、顧客離脱が避けられないケースも想定されます。さらに、こうしたトラブルが長期化すれば、金融庁など監督当局へ詳細な報告・改善計画の提出を求められ、外部監査への対応など想定外のコスト増に直結するでしょう。
また、DDoS攻撃はしばしば他の手口と複合的に仕掛けられる点も見逃せません。大規模トラフィックで防御担当者を混乱に陥れた隙に、ランサムウェアを仕掛ける、あるいは機密情報の不正取得を狙うといった手法が多発しています。経営層としては「オンラインサービスが落ちると困る」だけの認識では不十分で、事業継続と信用維持の観点から、多面的に危機感を持つ必要があるのです。
サイバーセキュリティ専門家からの提言
サイバー攻撃に対しては、結局のところ「多層防御」がカギを握ります。大容量トラフィックをグローバルに吸収できるクラウド型DDoS緩和サービスの導入や、ISPとの協議によるBGP Blackholing(攻撃先の通信経路をあらかじめ“虚無”に誘導してトラフィックを切り捨てる仕組み)の実装は、あらゆる方向からの攻撃を受け止める土台となるでしょう。ただし、これらのテクノロジーを整えるだけでは不完全で、インシデント対応計画(IR)の高度化が欠かせません。
実際にDDoS攻撃を受けた際、どの部署がどのタイミングで対応し、監督官庁や取引先、マスコミなどにどう情報を共有するのか —— このプロセスを平時から決め、机上演習(実際にシステムを使わず、シナリオを想定して対応フローを検証する訓練)で混乱度合いをシミュレーションしておくことが肝要です。また、NDR(Network Detection and Response)と呼ばれるリアルタイム監視や脅威インテリジェンスの活用も、早期検知と迅速対応のために欠かせません。攻撃が疑われる兆候をいち早く把握し、問題箇所を可視化できれば、サービス停止を最小限に食い止められる見込みは高まります。
さらに、重要なこととして、こうしたサイバー対策を「IT部門の問題」で終わらせないという組織文化が求められます。経営者自らが「攻撃が失敗に終わった時に浮かぶコスト」だけでなく、「万一成功した場合に被る莫大な損失」までを含めて比較検討することで、セキュリティ投資の必然性を社内外に示せるはずです。
おわりに
サイバー攻撃は、地政学的背景と相まって拡大・多様化の一途をたどっています。特に金融機関に対しては、DDoSが「一過性の嫌がらせ」ではなく、深刻な信用リスクへと直結する点に留意が必要です。いかに短時間で攻撃を検知し、被害を食い止め、復旧させるか――この「セキュリティ・レジリエンス」が、これからの金融サービス競争で大きな差となるでしょう。経営層自らが先頭に立ってリスクを認識し、複合的かつ継続的なセキュリティ対策に舵を切ることこそが、組織と顧客の未来を守る最善策といえます。
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