アフターコロナ第19回:既存インフラの再活用
コラム巣ごもりで海外に調査旅行ができないので、テレビで海外の観光地巡りの番組を見ることが多い。とはいえ、テレビ局も海外ロケに行けないので、数年前、中には、10年近く前の再放送などが多く、残念ながら情報が古い。最近増えた現地在住のガイド、不動産屋、主婦、大学生などをレポーターとして使う情報番組は、情報は最新でよいのだが、残念ながら筆者の調査テーマであるキャッシュレス決済の普及状況や交通機関利用の最新情報やキャッシュレスへの取り組みなどの情報収集にはあまり役に立たない。そこで、最近の情報収集はもっぱら有料で提供される情報通信社の海外情報に頼っている。
コロナ禍以前の情報収集
コロナ禍以前は、欧米と東南アジア・オセアニアを中心に調査を行っていた。2016年2月のスウェーデン・ストックホルム調査では、キャッシュレス先進国における交通機関の「ペーパーレス」=非接触交通系電子マネー「アクセス」と、ショッピングにおける「現金不使用」=デビットカード・クレジットカード決済の日常化を見てきた。同年5月のオーストラリア・シドニーでは、交通系の電子マネー(Opal Card)とショッピングでの非接触決済の普及(デビット・クレジットカードの非接触IC利用)がテーマだった。また、翌年のロンドンでは、特急電車、近郊電車、トラム、地下鉄、バス、タクシーでの乗車の際にすべてクレジットカードを登録したApple Payが利用でき、それまでロンドン滞在の必需品だった交通系電子マネー「オイスターカード」を使わなくて済む体験をした。その後2年かけて上海、深圳、香港、シンガポール、インドなどを複数回訪問し、スマートフォンとQRコードを使った非接触決済の利用状況とスマホアプリ・スーパーアプリの充実ぶりを現地で実感した。一方で、イタリア、スペイン、タイ、ベトナム、マレーシアなども訪問しキャッシュレス決済の発展が途上である事も実感した。それでも、東京や大阪と比較して、遜色がなかった。
このように各国で現地調査をしてきた背景があるので、情報サービスの記事を見ても、現地の状況がある程度想像でき、また、関連ニュースをネット検索することで、全体像を把握することもできる。それでも、現地を訪問して、自ら体験できないもどかしさを感じている。
欧州における夜行列車の復活
そのような中での、最近の嬉しいニュースが、ヨーロッパにおける夜行列車の復活である。
鉄道会社は世界中で民営化、あるいは政府が株を保有する株式会社化が加速して、赤字路線が廃止されたり、採算の悪い列車編成がなくなったりしている。日本も例外ではなく、夜行寝台列車は、東京と高松・出雲を結ぶ「サンライズ瀬戸・出雲」(岡山駅で分岐・連結)を残すのみとなった。ヨーロッパでも、高速特急(TGVなど)やLCC(格安航空機)、高速バスなどの競合交通機関に押されて国際夜行列車の廃止が続き、残ったのは、ドイツ鉄道から夜行列車「シティナイトライン」の運行を引き継いだオーストリア鉄道の夜行列車「ナイトジェット」や、ハンガリー鉄道がブダペストへ直通の寝台車を運行するくらいになっていた。
一旦は規模が縮小されたものの、赤字のために2016年に譲渡された「ナイトジェット」が順調に業績を伸ばしている。飛行機に比べてCO2の大幅な削減ができるので、SDGsへの本格的な取り組みも後押しし、環境に優しい交通手段として、夜行列車が見直されているのだ。
「ナイトジェット」は、ドイツのハンブルグ、ベルリン、フランクフルト、ミュンヘンなどから、オーストリアのウィーンまたはスイスのチューリッヒなどを経由して、イタリアのローマまで走っており、ウィーン―パリ線やチューリヒ―オランダ・アムステルダム線の運行を含め、15路線ほどが運行されるまでになった。また、ドイツの民間鉄道会社フリックストレインはフランスへの参入を計画しており、パリ―ニース間の夜行列車運行が計画されている。このように、現在、ベルリン、ブリュッセル、パリ、ウィーン、ローマといった各国の首都を結ぶ夜行列車が復活しており、コロナ禍でも、人気を博している。
鉄道網の活用の見直しが復活の真因
夜行列車がヨーロッパで再拡大する理由は、環境効果だけが理由だけではない。上下分離方式とオープンアクセス制度の導入だ。上下分離方式とは、列車の運行とインフラの保有が別会社化されることだ。列車運行会社はインフラ会社へ線路使用料を支払うが、さらに一歩進んで、線路使用料さえ支払えば誰でも運行事業に参入することを可能としたのがオープンアクセス制度である。
かつての国際夜行列車は、各国内の運行をそれぞれの国の鉄道が担当しており、基本的には機関車も乗務員も国境で交代していた。日本でも、国鉄の分割民営化に伴い、自社の保有路線を超えて運航する場合には、走行区間に応じた使用料と運営関係費など路線保有会社に支払っている。したがって、東京から博多まで長距離列車を運行しようとすると、運行会社は、途中のJR東海とJR西日本に大部分の経費を支払わなければならないうえ、全線の運航に係る経費を負担しなければならなかった。そのため、採算がとりにくくなり、JR東日本とJR九州などは、長距離の夜行・寝台列車の運行を取りやめ、自社の路線内を走る観光列車に注力することになったのである。
オープンアクセス制度により、イタリアでは、フェラーリなどの出資するNTV社が真っ赤な高速列車「イタロ」を走らせ、時間帯や込み具合によって変動する運賃で好評を博する等、脱炭素が求められる現在の環境にマッチして夜行列車、長距離列車の活用による鉄道インフラが見直されているのである。
インフラの利用者・利用目的などの見直し
EUにおける鉄道インフラの利用法の見直しは、他のインフラにも当てはまるのではないか。例えば、日本における資金決済インフラである。日本では長期間にわたり、銀行間の資金移動システムとして、「全銀システム」が稼働してきた。しかし、これは安全性を重視した重厚なシステムではあるが、小口・多頻度決済には、コスト高になっている。スマホ等の無料送金と対比され、夜間送金の制限や高止まりで振込手数料が問題視されてきた。昨年秋から銀行間手数料が大幅に引き下げられても、まだ高すぎて、個人間の少額決済では利用が躊躇される。
しかし金融機関には、2002年に構築されたJ-Debitのための銀行間の資金精算システムがある。J-Debitは利用できる加盟店数の少なさから、年間1兆円に満たない取り扱いしか実績を残さなかったが、これを改修して「ことら」という10万円以下の小口専用の資金移動システムとして再構築され、今年の秋から1,000以上の金融機関で利用可能になるようだ。実現すれば、複数の銀行口座を持つ人が、異なる銀行の自分の資金を無料に近い手数料で自由に移すことができる。そうなれば、家族間の資金移動が、手数料を気にせず可能になるため、家計費や子供の教材購入資金・小遣いを配偶者や子供の口座に移せるなど、家庭内でのキャッシュレス化の進展と家計管理の効率化が期待される。
銀行の「決済・預金・貸出」という古典的基盤も、自行一貫提供という拘束を外し、基板上で提供するサービスを組み替え、提供する当事者を変更することで、新しい金融サービス収益、利用料収益を得る方法はいくらでも考えられるのではないか。
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