Jライブラリー

第24回:「配達は住所から人へ」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

ネットショッピングは驚くほど配達が早くなった。あるサービスでは、購入から最短2時間で手元に荷物が届くらしい。会員向けのサービスだったり、エリアが限定されたり、と条件はある。にしてもスゴイ時代になったものだ。筆者もネットで買い物をする機会が増えたが、そのたびに宅配の便利さを痛感している。

筆者は荷物を受け取り損ねたことが何度かある。都内で一人暮らしをしていると、部屋にいなかったために再配達が必要になることがたびたびある。情けないことに、夜の配達を指定しておきながら、ついつい飲みすぎてしまって帰宅が遅くなり、などということもあった。うーん、飲み過ぎは良くない (次元が低すぎる話だが、笑)。

「私がいるところに荷物を持ってきてほしい。」

一時期、真剣に考えたことがある。自分の居場所もGPSで参照できる時代、よほど大きな荷物でなければ、外出中でも、飲み屋であっても、荷物をそこに運んでほしい。指定した時間枠の間、ずっと部屋に閉じこもっているのは苦痛だろう (大げさだが、笑)。

荷物の配達先は「住所」ではなくて「人」になる可能性がある。技術の進歩は人を特定することを容易にし (顕名)、位置情報の取得・共有を可能にし、配達の技術も品質も向上する。10年先か、50年先かはわからないが、人を配達先に指定するサービスが実現するのは時間の問題だろう。(実際、類似のサービスの実証実験のニュースはときおり耳にする)

では、配達先が「人」になる (顕名化する) というのは何を意味するのだろうか。単に、受取場所の話だけではない。もしかすると、受取人の生活や属性も参照すると嬉しいことがあるかもしれない。その先にはいろいろな可能性がありそうだ。

今回は、配達の顕名化の可能性について考えてみたい。宅配サービスの例を参照しつつ、配達先である「人」を特定 (顕名) することでどんなことが可能になるのかを考えてみよう。

<クロネコメンバーズ>

「クロネコヤマトで送って。」

自宅に荷物を送る際、受取人である妻は宅配業者を指定する。私の自宅は富山県にあるが、仕事の関係で平日は都内の住まいにいることが多い。富山の自宅に荷物を送ることも多いのだが、そのたび、受取人である妻はクロネコヤマトを指定する。

妻は、クロネコメンバーズ (*1) というサービスが便利だという。ヤマト運輸が提供する会員サービスで会員数は5,000万人を超えた (法人向けのクロネコビジネスメンバーズは130万社が登録)。荷物の送付・受取の際にいろいろなことが指定できるのが特徴で、妻曰く、急な予定が入っても受取時間や受取場所が柔軟に変更できるのがいいらしい。

(*1) https://cmypage.kuronekoyamato.co.jp/

「お届け予定eメール」は自分宛ての荷物の配達予定を教えてくれる。自分宛の荷物であれば、急な送付物であっても通知が来る。知らないうちに宅配業者が荷物を持ってきて、留守で受け取れなかった、ということを避けられる。

「受け取り日時・場所変更」は、自分が受け取れる時間を指定したり、荷物の受け取り場所を (例えば、ヤマト運輸のセンターやコンビニなどに) 変更したりすることができる。妻に言わせると、仕事や買い物で不定期に家にいないことも多いので、上記のお届け予定eメールで通知を受け取ったら、受け取り場所を変更してしまうのが楽なのだという。

<クロネコメンバーズのサービスの例>

「Myカレンダーサービス」は、自分の一週間の予定にあわせて受け取り場所を設定しておくことができる。例えば、平日のデイタイムは仕事があるのでコンビニで受け取って、平日の夜と休日は自宅で受け取る、などの設定をしておくこともできる。もし、面倒であれば、簡単設定で、いつでもコンビニで受け取る、19時以降であれば家で受け取る、など、標準的な設定を選ぶことも可能である。

<クロネコメンバーズ簡単設定の画面>

<配達の宛先が変わった>

クロネコメンバーズの登場で「配達の宛先」は人になった。従来の宅配サービス (郵便も同様) は住所を配達先と考えた。住所で特定される家やマンションなどの「不動産」が宛先であり、受取人が指定された住所にいることを当然と考えた。一方、クロネコメンバーズは宛先を人と考える。受取人がいつ、どこで受け取れるか。普段どんな生活をしているのか (今は、自宅にいるかいないか、程度だが)。人を特定し、人に紐づく情報を参照するサービス、すなわち、顕名サービスが宅配の世界でも始まったと考えることができる。

宛先が人と考えると、その応用の可能性は大きく広がる。現在のクロネコメンバーズは荷物の配達先の住所と受取人をセットと考えている。一方、もう一歩踏み込んで、受取人は「個人」であると考えれば、受け取る場所 (住所) や受け取り方を本人が指定することも簡単にできそうだ。そうなると、受取人欄には本人を特定する情報さえあれば事足りる。加えて、今後、受取人のGPS情報なども参照できるようになれば、冒頭で書いた通り、自分がいる場所に荷物を持ってきてもらうことも可能になるのかもしれない。

人の属性やつながりも参照できる可能性がある。今のクロネコメンバーズには配達に必要な最小限の情報 (住所、氏名、電話番号) 程度しかない。今後、年齢や性別その他の属性情報や、家族とのつながりの情報が登録できるようになるとどうだろう? 例えば、「オレだよ、オレ。米を送って」と言われたときに、自分の家族を指定して送付することで、予期しない相手 (家族以外) に荷物が届くのを回避することもできるかもしれない。(法制度上、現金が扱えるのは現金書留と郵便為替だけなので、ここでは米で説明した、笑)

<ヤマト運輸について>

クロネコメンバーズを提供するヤマト運輸についても紹介しておこう。

ヤマト運輸株式会社は「宅急便 (*2)」で知られる大手運送業者である。ヤマトホールディングス株式会社 (以下、ヤマトHD) の中核事業会社と位置づけられる。なお、ヤマトHDは運送事業で日本通運、日本郵政に次いで国内3位。宅配便サービスでは国内1位のシェアを誇る。連結売上高は約1.7兆円。従業員は連結で22万人にも及ぶ。

(*2) 「宅急便」はヤマト運輸が提供する宅配便サービスの商標である。一般名称では「宅配便」を使うのが良いらしい。

ヤマトHDの歴史は1919年に大和運輸株式会社として創業したところから始まった。1957年に有名な「親子クロネコ」がロゴマークになり、1976年に「宅急便」サービスが開始された。2005年に持株会社化し、現在のヤマト運輸株式会社を中核事業会社として分社した。

同社のデジタル化の取り組みも注目に値する。2020年1月に経営構造改革プラン “YAMATO NEXT 100” を発表、データ・ドリブン経営への転換、デジタル化、ロボティクス導入、顧客との関係強化、データ基盤 “Yamato Digital Platform” の構築、なども発表された。

また、ヤマト運輸とグループ会社7社を統合し、2部門 (リテール部門・法人部門) と、4つの機能本部 (輸送機能、デジタル機能、プラットフォーム機能、プロフェッショナルサービス機能)、およびコーポレートからなる経営体制に移行した。この中でも、デジタル機能本部を中心としてデジタル基盤の強化が叫ばれており、DX (Digital Transformation) に向けた意欲がうかがえる (*3)。

(*3) https://www.yamato-dx.com/

クロネコメンバーズのサービスは、デジタルを活用した受け取り利便性向上の取り組みの一環である。同社は、データ・ドリブン経営を掲げ、集荷、流通機能、ソーティング・システムの革新、あるいは顧客とのタッチポイント (個客接点) の拡充を進めてきた。受取人の状況にあわせて柔軟に配達の微調整が行えるもの、同社の物流機能全体のデジタル化が背景にあるからこそ実現できたと考えるべきだろう。

<おわりに>

今回は宅配サービスを例に、配達の宛先が住所ではなく人になったときにどうなるかを考えてみた。

従来の配達業務では住所を宛先に指定するのが常識だった。宅配サービスでも、あるいは郵便であっても、宛先として指定する住所は、不動産として特定できる場所情報を示す。荷物を送るときに地理的な位置を特定できること、受取人がそこにいる可能性が一番高いこと、受取人と「常時つながる手段がない」ことなどを背景に考えれば当然だろう。

今は、受取人と「常時つながる手段がある」時代になった。受取人を特定し、その住まいや、あるいは受取人が「受け取るのに便利な場所」が簡単に把握できるのであれば、受取人が受け取る時間と場所を指定するのは理にかなっている。さらにいうと、GPSなどで受取人の位置情報がリアルタイムで (もしくは、受取人の都合の良いタイミングで) 参照できるのであれば、それにあわせて配達先を変えることも可能だろう。

デジタル技術の発展と浸透は常識を大きく変える。これまで配達には住所が必須だと考えられてきた。一方、顕名個人が簡単に特定できる時代、顕名個人と常時つながることができる時代、配達の方法も、顕名個人を宛先にするほうが、受取人にとっても便利かもしれない。

宅配サービスも、(今回は深く述べなかったが、笑) 郵便サービスでも、デジタル社会を前提にその常識を見直してみることで、いろいろなビジネスチャンスが隠れているのかもしれない。

※本内容の引用・転載を禁止します。

pagetop