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第12回:Amazon GOから考えるキャッシュレスの意味

中川郁夫 コラム

<はじめに>

未来のコンビニを思わせる“Amazon GO” のコンセプト動画を覚えているだろうか。Amazonが投稿したYoutube動画である。レジも支払いもない、斬新な店舗の仕組みで、私などは、ぶったまげて椅子から転げ落ちそうになった (笑)

Amazon GOは、キャッシュレスの視点でも学ぶべきことは多い。そもそも、Amazon GOは「支払い」を感じさせない仕組みを作った。その意味では、現金だ、キャッシュレスだ、という次元を超えたイノベーティブな仕組みだと言える。よく考えてみると、これこそ、キャッシュレスのさらに先にある世界観なのだと気付かされる。

国内コンビニはAmazon GOとは世界観がまったく異なるようである。国内コンビニはAmazon GOの後を追いかけるように無人レジのコンセプト動画を投稿した。だが、当時の動画では、現金が使える仕組みであったり (キャッシュレス、とは限らない)、ヒトがいない (レジはある) というコンセプトであったり、国内コンビニとAmazon Goとでは目指すところが大きく異なるようである。

今回は、Amazon GO (と、国内コンビニの比較) を取り上げて、キャッシュレスの意味と、その先にある世界観を考えてみよう。

<Amazon GOの登場>

2016年12月、AmazonがYoutubeに動画を投稿した。“Amazon GO”と呼ばれる未来のコンビニを感じさせるレジレスのコンセプト動画である。

“Just Walk Out”をメッセージとするコンビニの将来像は印象的である。お客さんは、店舗に入るとスマホで本人確認をする。その後、お店の中ではスマホは一切使わない。どこの棚からでも、好きな商品を、自分の鞄に入れて持ち帰るだけで、持ち帰った商品が自動的に精算されて、レシートが送られてくる。レジなし (no register)、チェックアウトナシ (no checkout)のコンビニは未来的だと感じた。

もちろん、最先端の技術もふんだんに使われている。スマホで本人認証を行うのは分かりやすい。その後、店舗内の移動や商品を手に取るなどの行動はすべて画像解析で追いかけられている。実際、当初は店舗内に膨大な数のカメラが設置されていて、お客さんの行動把握だけでも相当なコンピューティングパワーが使われていたとされる。

当時、多くの人がAmazonが実店舗のお店を持つことを不思議に感じた。それまで、オンライン商取引の覇者として、ネット上のサービスに専念していたように見えていたからだろう。突然、実店舗でのサービスを開始することを匂わせ、しかも、誰も予想しなかったような斬新な仕組みをコンセプト動画で紹介したため、誰もが、その真意がどこにあるのかを必死に考え、予想し、議論した。

<国内コンビニの無人レジ>

翌2017年、国内コンビニも動画をネットに公開し始めた。こちらは、無人レジ、すなわち「レジはある、人はいない」というコンセプト動画だった。

当時公開された動画では、職人芸とも言える、高度な技術の組み合わせで無人レジが作られたことがアピールされた。技術的には電子タグを商品に付与し、レジで電子タグを読み取ることで購入金額を自動的に計算し、お客さんに支払いを促す仕組みである。レジには現金を投入する口もあり、投入されたお金が本物かどうかも自動的に判別し、かつ、おつりも自動的に出てくる。なるほど、たいした仕組みである。

一方、現金が使える、というのは大いにショックだった。本連載でも何度も紹介してきているが、現金は「あらゆる情報を断ち切る」効果があり、匿名取引を前提とする取引で使われるものである。現金が使えるというだけで、無人レジを推進するコンビニ各社が、匿名市場から脱却するつもりはないということが明らかになった。

現金決済が可能であるということは、無人レジの対象は匿名取引であり、モノとカネが交換される「単一の決済行動」と考えられる。決済行動を通して個客に紐づく情報を蓄積・参照しよう、という意図は感じられない。

実は、国内コンビニの無人レジが目指すところは分かりやすかった。明らかに、レジに携わる人件費とレジにかかる時間の削減を目的としていた。Amazon GOに触発されて開発を急いだのだと思われるが、注目したのは「自動化、効率化、時間短縮・人件費削減」だったように思われる。どうも、日本人が陥りそうな発想ではあるが (笑)

なお、蛇足ながら付記しておく。国内コンビニの取り組みは「電子タグ」ありきで進められていたようである。当時、国内コンビニ5社が2025年までに国内全店舗に無人レジを展開すると発表し、その目標が「電子タグ1,000億枚宣言」だったことからも、このことは明らかである。一節には、国として電子タグを普及するために推進していた施策の一環だったとも言われている。日本人が得意な、手段が目的化する、典型例だったのかもしれない。

<Amazon GOの狙い>

さて。あらためてAmazon GOの狙いが何だったのかを紐解いてみよう。

Amazon GOの狙いを理解するためには、重要な前提条件がいくつかある。以下ではその前提条件を整理しながら、Amazon GOの狙いの本質に迫っていく。

1つ目に、Amazon GOは人手削減を目的としたものではない。実際、Amazon GOに視察に行った何人もの人たちから聞いたところによると、Amazon GOの店舗内には、店員はかなり多くいるらしい。お客さんを誘導したり、サンドウィッチを作ったり、商品棚を整理したり、など。レジが不要な分、お客様サポートにより時間を使える、と考えた方が良いだろう。

2つ目に、Amazon GOは個客を特定することを前提としている。店舗の入り口で、スマホを使って本人認証を行う。その時点で個客が特定され、その後の購買行動はすべて個客に紐付けられることになる。いつ、何を手に取ったか、何を購入したかはもちろんのこと、仮に怪しい動作をしたとしても、すべて個客に紐付けられて記録されるのである (そう考えると、とても万引をしようなどとは思わない……)。Amazon GOは明らかに顕名取引を前提としており、個客一人ひとりの情報を参照しつつ、何かの形で体験を提供しようとしているのだろうと予想できる。

例えば、Amazonでは、オンライン (Amazon.com)・オフライン (Amazon GO) を通してAmazon IDを利用する。ということは、Amazonはその双方で、個客接点をデジタル化しており、双方の購買行動に関するデータを蓄積していることが容易に想像できる (図参照)。そうだとすれば、これまで実店舗での購買行動が取れないことが弱みだと言われてきたAmazonにとって、Amazon GOはそれを埋める第一歩だと考えるのは自然なことなのかもしれない。

<おわりに>

この連載では、繰り返し「匿名市場」から「顕名市場」へのシフトについて紹介してきた。匿名市場では「財やサービスを貨幣と交換すること」を取引と考え、お客様が誰であるかに関わらず、モノとカネが交換される点 (Point of Sales) を重視する。一方、顕名市場では、個客一人ひとりに特別なサービスを提供することを目指すため、個客接点のデジタル化を重視し、継続的にサービスの満足度を向上させることが重要になる。

キャッシュレスの意味を考えると、Amazon GOのレジレス、国内コンビニの無人レジ、この2つは似て非なるものであることは明らかである。市場構造の変化を前提に、個客接点を重視し、購買行動の把握・分析を考えているAmazon GOの仕組みは極めて理にかなっている。一方、単なるコスト削減・人件費削減を目指している国内コンビニの無人レジが、残念ながら一昔前の匿名市場の発想から抜け出せていないように見えるのは、私だけだろうか。

今、キャッシュレス社会の未来を見据えることは極めて重要である。何度も繰り返してきている通り、キャッシュレスが意味するものは「顕名市場」へのシフトであり、個客一人ひとりに特別なサービスを提供できるようになることである。決して、モノとカネの交換手段が簡素化されるだけではない。今後、キャッシュレス社会の浸透に向けて、サービスの考え方、個客接点の考え方、個客体験の提供の仕方を考えることが差別化の鍵であり、競争力の要になってくるのは間違いない。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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