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〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第58回:AI浸透後に広がる社会を妄想する(4)

中川郁夫 コラム

<はじめに>

「競争力」と「競争力の源泉」について考えてみたい。

 「御社の競争力はなんですか?」
 「御社の競争力の源泉は?」

企業経営者であれば当然のように考えるテーマだろう。だが、明確にこれを言語化するのは意外に難しい。みなさんも、せっかくの機会だと思って、ぜひ考えてみてほしい。

競争力 - 個人に置き換えてみると「強み」と捉えるとわかりやすい。

例として、経理の仕事について考えてみよう。その昔、経理の仕事に「そろばん」は必須だった。電卓、パソコンと新しい道具が登場し、そのたびに担当者に求められるスキルは変わっていった。今では、クラウドに各種伝票をアップロードするだけで計算書類も自動的に作成される。この文脈では、道具が使えることが「競争力」にあたるが、個々のスキルの賞味期限は短かそうだ。

新しい技術の登場は「競争力」のあり方を変える。道具を使うことを「競争力」と捉えているのであれば、新しい道具が登場すれば、競争力の形も変わる。当然だろう。

競争力の源泉 - は、どう捉えるべきだろう。

経理で本当に大事なことは、その仕事を通して「何を見るか / 何を観るか」である。幾多の数値や指標をどう経営にどう活かすか、を考える力こそが「競争力の源泉」と言えるのかもしれない。一般に、道具が変わっても「競争力の源泉」は変わらない。

ところが、革新的な技術の登場は「競争力の源泉」さえも変えてしまう。歴史的にも、そうした例はいくつもある。以下、歴史を振り返りつつ、その変化を分析してみたい。

本稿のテーマは「AI浸透後に広がる社会を妄想する」である。AIが革新的な技術であることは多くの人が同意するところだと思う。本稿では、AI浸透後の社会において、競争力を、あるいは競争力の源泉をどう捉えるべきかも考えてみよう。

<エネルギー革命と競争力の源泉の変化>

今回も蒸気機関の話から始める。蒸気機関はさまざまな革命をもたらした。その一つが「エネルギー革命」である。それまで、農業中心の社会では太陽光が主たるエネルギー源だった。蒸気機関登場後は化石燃料(当初は石炭)による強力なエネルギーの利用が可能になった。このことが、その後の工業化を支えたことは周知の通りである。

エネルギー革命は「競争力の源泉」に変化をもたらした。しかも、国や産業の単位で競争力の源泉が大きくシフトしたことは注目に値する。

農業社会について考えてみよう。豊かな土壌や農業技術は競争力を構成する要素たり得るだろう。一方で、競争力の源泉が「土地の広さ」だったという説がある。太陽光を主たるエネルギー源とする農業社会では、土地の広さがエネルギーの総量を決める。故に、土地の広さが国力に直結した。土地を求めて(あるいは、植民地を確保するために)戦争が繰り返されたことは歴史が示している。

蒸気機関の登場後はどうだろう。工業社会では「化石燃料」がエネルギーの中心になった。最初は石炭、やがて石油や天然ガスなどが利用されるようになった。化石燃料が経済を支え、その埋蔵量が国力に影響を及ぼした。競争力の源泉は化石燃料の埋蔵量だったという説にも説得力がある。化石燃料が(or その埋蔵量が)戦争の火種になっていることも御存知だろう。

<データ社会の到来と競争力の源泉>

データ社会について考察しよう。今は「データ社会」と言われる。ネット・モバイル・クラウド・etc. のつながりの浸透がさまざまなデータの取得・参照を可能にし、新たな価値を生み出す時代になった。

データ社会の競争力はデータと、そのデータから価値を生み出す仕組みだと言われる。ビッグテックや急成長する企業の多くがたくさんのデータを集め、クラウド上で様々なサービスを提供している様を見ると、それは納得できる。

一方で、データ社会の競争力の源泉は「信頼」だとされる。本連載の「データ戦略と信頼モデルの話(5)」(第45回) で「サイバー文明」の考え方を紹介した。サイバー文明は富の源泉を「信頼」と位置づける。「信頼あるところにデータが集まる」と考えればわかりやすい。利用者が安心してデータを預け、サービスを利用するためには「信頼」が鍵を握る。

<AI浸透後の社会と競争力の源泉>

“AI”浸透後に社会はどう変わるのだろうか。生成AIブームは始まったばかりであり、その先に“AI”の劇的な進化が訪れることは想像に容易い。

生成AIを使いこなすことは競争力になるのだろうか。たしかに、生成AIをビジネスの「道具」と捉えるのであれば、道具を使うスキルは強みにつながるのかもしえない。だが、道具の進化は早い。その賞味期限は短いものだろう。

“AI”浸透後の競争力の源泉はどうだろう。前回(第57回)、知性を使う側になるのか、知性を担う側になるのか、という議論をした。その話を踏まえれば、短期的には「知性」が競争力の源泉になりそうだ。生成AIや次に登場する“AI”が、外部化された「知性」を参照するサービスが登場することを考えると、他に真似ができないオリジナリティある「知性」が差別化のポイントになることには説得力がある。

一方、長期的な視点で競争力の源泉を考えるのは難しい。ソフトバンクの孫正義氏は、いずれ人間の知性を超える「超知性」が登場すると示唆する。その先を考えるには、さらなる「妄想力」が必要になりそうだ(笑)。ぜひ、読者のみなさんも自分の視点で妄想してみてほしい。

<おわりに>

本稿は第55〜57回の続編である。ここまで考えてきたことは

 「今の生成AIで何ができるか」ではなく
 「将来、AIがさらに進化・浸透したときに、社会がどう変わるか」である。

その前提にあるのは、何度も紹介している次の視点である。

  • “What” を変えず “How” の変化を考える「深化」
  • “Why” に立ち返って変化の先の “What” を考える「探索」

本連載では「探索」の視点で考察する。生成AIに大きな可能性を感じている方は多い。「今の生成AIをどう使うか(深化)」ではなく「その先に社会がどう変わるか(探索)」を考えることで、その可能性のイメージが広がるのではないだろうか。

歴史上の社会変革の話は奥が深い。
次回は、また別の切り口で「AI浸透後に社会がどう変わるか」を考えてみたい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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