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経営戦略とサイバーリスク管理を強化するオープンソースインテリジェンスの真価(第7回)

名和利男 コラム

ここ数年、サイバー攻撃の脅威は増大し、企業はその対応に迫られています。高度な攻撃から日常的な脅威に至るまで、あらゆる攻撃手法に対応するためには、従来の対策だけでは不十分です。こうした中で、オープンソースインテリジェンス(OSINT)の活用が急務となっています。OSINTは単なる技術的な防御策にとどまらず、企業の持続的成長を支えるための戦略的な武器です。特に経営層がその価値を理解し、意思決定に活かすことが、企業の生存を左右する鍵となるでしょう。

OSINTとは何か?

OSINTは、公開されている情報源から得られるインテリジェンス、すなわち「状況把握のための有益な情報」を指します。これは、かつての「諜報活動」とは異なり、不正な手段を用いずに誰でもアクセスできる情報から、戦略的な判断に必要な洞察を得る手法です。例えば、インターネット上の公開情報、ニュース、SNSの投稿、技術フォーラム、企業の財務報告書などから、潜在的な脅威やリスクを特定できます。OSINTの強みは、その情報源が非常に広範であり、リアルタイムで情報を収集できる点にあります。

経営層の視点から見ても、OSINTは単なるIT部門やセキュリティチームの役割ではありません。むしろ、企業の全体戦略に密接に関わる情報収集手段であり、企業のレピュテーションや競争力に直結する要素です。では、具体的にどのような場面でOSINTが役立つのでしょうか?

OSINTの具体的な活用シナリオ

1. ランサムウェアやAPT攻撃の予兆を捉える

ランサムウェアやAPT(Advanced Persistent Threat: 高度で持続的な脅威)攻撃は、企業に甚大な被害を与える可能性がある深刻な脅威です。ランサムウェアは、企業のシステムをロックし、データを暗号化して身代金を要求する攻撃手法です。一方、APT攻撃は、標的となる企業や組織に長期間潜伏し、重要な情報を盗み取るなどの目的で行われます。これらは一度の攻撃で終わるのではなく、長期にわたり企業の中枢に脅威を与え続ける性質を持っています。

OSINTを活用することで、こうした攻撃に使われるツールや手口の情報を事前に収集し、早期にリスクを察知することが可能です。例えば、「ダークウェブ」と呼ばれるインターネットの非公開領域では、犯罪者が攻撃ツールや脆弱性に関する情報を密かに取引しています。このダークウェブからの情報を監視することで、自社が狙われる可能性のある攻撃キャンペーンの兆候を早期に把握し、迅速に対応することができます。

特に経営層は、こうした予兆に基づいて迅速な意思決定を行い、被害を最小限に抑えるための体制を整えることが重要です。適切な対応を怠ると、長期間にわたり大きな経済的損失やブランドイメージの毀損を招く恐れがあります。

2.日常的な脅威に対する早期警戒

サイバー攻撃は、ランサムウェアやAPTのような高度な脅威だけではありません。フィッシング攻撃、DDoS攻撃、サプライチェーン攻撃といった日常的に発生する脅威も企業にとって大きなリスクです。例えば、フィッシング攻撃では、従業員のメールアカウントが悪用され、企業の機密情報が漏洩する可能性があります。OSINTを活用すれば、同業他社が受けた攻撃手法や、特定の業界を狙ったフィッシングキャンペーンの情報を早期に把握することが期待できます。

特に、サプライチェーン攻撃に関しては、自社だけでなく、取引先や協力企業のセキュリティ状態も把握する必要があります。取引先が攻撃を受け、その影響が自社にも及ぶというケースは珍しくありません。OSINTは、取引先のセキュリティリスクをモニタリングする有効な手段となり、予防的な対策を講じるための貴重な情報を提供します。

3.DDoS攻撃への早期対応

DDoS攻撃は、企業のウェブサイトやオンラインサービスを一時的に停止させ、ビジネスの信頼性に悪影響を与えるものです。OSINTを利用することで、攻撃の予兆を察知し、事前に防御策を講じることができます。攻撃者が事前にSNSやフォーラムで攻撃予告をしている場合もあり、その情報をキャッチすることで被害を最小限に抑えることが可能です。

経営層がOSINTを活用する意義

経営層がサイバーセキュリティにおいて重要な役割を果たすことは、もはや避けられません。企業のセキュリティ対策は、単なる技術的な問題ではなく、ビジネスリスクそのものであり、経営層の意思決定が直接的に影響を与えます。特に、OSINTを活用することで得られる情報は、リスクマネジメントや事業戦略に直結します。

例えば、OSINTによって得た情報を基に、取引先のリスク評価を行うことができます。取引先企業がサイバー攻撃のターゲットとなっている場合、それが自社に及ぼす影響を予測し、適切な対策を講じることができます。また、業界全体に対する脅威トレンドを分析し、自社のセキュリティ対策を調整することも可能です。

さらに、OSINTは経営層にとって、サイバー攻撃後のリカバリプロセスをスムーズに進めるための重要な情報源ともなります。攻撃の発生後に迅速かつ的確な対応を取るためには、状況に関する信頼性の高い情報が不可欠です。OSINTによって外部の動向や競合他社の対応をモニタリングし、経営判断を支える材料とすることができます。

OSINTの導入を成功させるために

OSINTを効果的に活用するためには、単に情報を収集するだけでなく、どの情報が信頼性が高く、どのように活用すべきかを判断するスキルが求められます。そのため、経営層自らがOSINTの重要性を認識し、組織全体で情報収集・分析のプロセスを確立することが重要です。具体的には、OSINTを専門とするチームを設置し、セキュリティ部門やリスクマネジメント部門との連携を強化することが推奨されます。

まとめ

サイバーセキュリティの強化は、全社的な取り組みであり、特に経営層の積極的な関与が欠かせません。OSINTを活用することで、企業は高度なサイバー攻撃から日常的な脅威まで幅広く対応できる力を身につけることができます。経営層がOSINTの重要性を理解し、適切なリスクマネジメントを行うことで、組織全体のセキュリティレベルを飛躍的に向上させることができるのです。今こそ、経営層が自らの意思決定にOSINTを活用し、ビジネスを守る時です。

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