〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第56回:AI浸透後に広がる社会を妄想する(2)
コラム
<はじめに>
蒸気機関は何がスゴかったのだろうか。
少しだけ、前回 (第55回) の続きを考えてみたい。
蒸気機関の技術的な特徴は「お湯を沸かすこと」にある。というと大したことなさそうだが (笑)。実際、化石燃料で得た膨大なエネルギーでお湯を沸かして大量の蒸気を生成し、それを動力 (回転運動) に変えたことは画期的だった。
その初期の活用例として注目を集めたのは「揚水装置」だった。炭鉱作業で湧き出した水を人力で汲み出すのは大変だったという (そりゃそうだ)。蒸気機関で得られた動力で恒久的に水を汲み出せる仕組みは重宝されたに違いない。
が…
世界史では「蒸気機関が産業革命をもたらした」と習う。実際、蒸気機関のスゴさは産業構造を変えたことだ、と多くの人が認識している。つまり、「お湯を沸かすこと」や「揚水装置」の話は枝・葉でしかなく、蒸気機関のスゴさの本質は「社会的インパクト」を抜きにして語れない。
では、生成AIがもたらす「社会的インパクト」は?
生成AIの登場は人々を驚かせた。だが、今の生成AIが「自分の仕事を楽にしてくれる」と考えているうちは、社会的インパクトまで視野は届かない。思い切って、大局的・俯瞰的な視点から世の中の変化を妄想してみることも重要なのではないだろうか。
ということで、
今回もAI浸透後の未来について妄想する。前回、蒸気機関の話を参考にしつつ、生成AIが社会にもたらすインパクトについて考えてみた。今回はその続編である。
<技術と、応用と、社会と…>
革新的技術のインパクトを考察する際は俯瞰視点で分析することをオススメする。例えば、技術、応用、社会の3つの視点に整理する、などは分かりやすい。
- [技術] 技術の特徴や先進性はどこにあるのか:
- 蒸気機関 → 化石燃料の利用、蒸気の生成、蒸気を動力 (特に回転運動) に変えること、などを恒久的に動作する仕組みとして作り上げたことが画期的だった。
- 生成AI → 大規模言語処理 (LLM)、トランスフォーマー (次に来る言葉を確率的に予測する技術)、プロンプトエンジニアリング (生成AIに問いかける技術とでも言えばいいか、、、)、大規模計算処理技術、etc.
- [応用] 利用・活用事例はあるか:
- 蒸気機関 → 揚水装置、工業機械 (軽工業→重工業)、蒸気船・蒸気機関車、etc.
- 生成AI → 検索、要約・翻訳、文章・音楽・動画の生成、アイディア出し、etc.
- [社会] 社会的な変革・インパクトをどう捉えるか:
- 蒸気機関 → 産業革命、エネルギー革命、移動革命、etc.
- 生成AI → ????
多くの人が「生成AIはヤバい!(語彙力… 笑)」と感じている。だが、話を聞いてみると、思考が利用・活用事例 (応用) で止まっていることが多い。だが、それでは「自分にとってどう便利か」の話で終わる可能性が高い。
本稿の狙いは、生成AIのヤバさの「本質」を考えることである。「社会」がどう変わるかを (すなわち、変革・インパクトを「社会」の視点から) 考えないと、その本質的な「ヤバさ」はわからない。
<視点と時間軸>
時間軸についても触れておこう。
前述の技術、応用、社会、それぞれの視点について、その時間軸にはズレがある。
- [技術] 当然ながら、先行するのは「技術」だ。研究・実験には時間を要する。何十年、何百年たって初めて世間に知られる技術はいくらでもある。
- [応用] 実用的な活用事例が登場するところから「応用」に進む。便利な活用例・応用例が広がり、認知されることで技術が社会に浸透する。
- [社会] 応用のずっと後、活用事例が広く浸透した先に「社会」的な構造が生まれ、認識される。
革新的技術の社会インパクトを考えるには、時間軸の概念は必須である。蒸気機関の例では、技術・応用・社会と進むまでに数百年を要した。今は変化の時代だ。もっと急速に変化が進むことは容易に想像できるが、それでも生成AIの登場から社会変革につながるまでに相応の時間が必要なのは間違いない。
生成AIは利用・活用事例が出始めたばかりだ。ChatGPTが急速に広がったのは2022年の後半から。既にこれだけの注目を集めていることは驚きだが、この先、技術はさらに進化する。今の生成AIにできることやその質は「ほんの初期」のものである。蒸気機関の例で言えば、揚水装置が一部で使われ始めた頃に相当するだろうか。その先に、工業化に応用され、蒸気船が海を渡り、蒸気機関車が大陸を横断したことを考えてみてほしい。応用面だけを考えても、生成AIがこの先どのように進化するか、は注目に値する。
本稿の狙いはさらに「その先」を妄想することにある。生成AIが、あるいは、さらに進化した次の “AI” が浸透した先に、どんな社会が広がるのか。数十年先を妄想してみることで、その社会的インパクトを感じとることができるのではないだろうか。
<産業構造がどう変わるか>
蒸気機関は産業革命をもたらした。それまでは農機具が中心的な道具 (技術) であり、農作物を作ることが農家の営み (応用) だった。その時代、経済の中心は農業だった (社会) とされる。蒸気機関の登場は、化石燃料による動力 (技術) を用いることを可能にした。機械化 (応用) は工場制機械工業を可能にし、軽工業から重工業への広がりを経て、経済の中心は農業から工業にシフトしていった (社会)。
では、AIの進化は産業の構造をどのように変えるのだろうか。
AI浸透後にどんな産業が生まれるのだろうか。生成AIはさらに進化するだろう。あるいは次の “AI” が登場することもあり得る。知性のようなもの (「知性」の議論は難しいので、ここでは厳密な議論は避けるが… 笑) が外部にあり、それが自在に利用できるようになるかもしれない。この先、思考や判断が外部化されていく先に何が起こるのだろう。
一つのヒントは知識労働のあり方が変わることだろう。現代は知識やスキルを身につけ (技術)、それを収益につなげる (応用) 知識集約型産業の比率が大きくなっている (社会)。ところが、思考と判断の外部化が進むことで、将来、知識労働の意味 (価値? 存在意義?) を考え直す必要があるかもしれない。
別の視点でも考えてみよう。
今は「データ社会」だと言われる。現在はネット、モバイル、クラウド等に代表される様々なつながりの仕組み (技術) を用いて、データを取得・保存・活用し価値創造する (応用) ことが当たり前になった。BigTech と呼ばれる超大手グローバル企業が牽引するデータビジネスが新しい産業構造を形成している (社会)。
AI浸透後のことも想像してみてほしい。知性 (らしきもの) を集め、保存し (技術)、その再利用を通して価値創造する (応用) 事業者が登場することは想像に難くない。その先にまったく新しい産業構造が生まれる (社会) ことは想像できないだろうか。
これらの議論は「妄想」の域を出ない。とはいえ、これだけ変化の激しい時代に、この類の妄想をしてみることも大事な気がするがいかがだろうか。
<おわりに>
本稿は前回 (第55回) の続編である。ここまで考えてきたことは
「今の生成AIで何ができるか」ではなく
「将来、AIがさらに進化・浸透したときに、社会がどう変わるか」である。
その前提にあるのは、何度も紹介している次の視点である。
- ”What” を変えず “How” の変化を考える「深化」
- ”Why” に立ち返って変化の先の “What” を考える「探索」
本連載では「探索」の視点で考察する。生成AIに大きな可能性を感じている方も多いだろう。「今の生成AIをどう使うか」ではなく「その先に社会がどう変わるか」を考えることで、その可能性のイメージが具体化するのではないだろうか。
歴史上の社会変革の話は奥が深い。次回は、また別の切り口で蒸気機関と生成AIを比較しながら「その先に社会がどう変わるか」を考えてみたい。
※本内容の引用・転載を禁止します。