Jライブラリー

〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第55回:AI浸透後に広がる社会を妄想する(1)

中川郁夫 コラム

<はじめに>

先日、興味深い挿絵(イラスト)を見つけた。1892年、ある週刊誌に掲載されたものらしい。記事のタイトルは “Frank Reade and His Steam Horse”。

Project Gutenberg より引用

背景にあるのは「蒸気機関」の登場である。1700年代前半、蒸気機関が実用化された。蒸気船が1700年代後半に、蒸気機関車が1800年代初期に登場した。

※そういえば、蒸気機関が移動革命をもたらしたことは世界史の授業で聞いた気がする(笑)。

蒸気自動車も同時期に登場したが浸透には時間がかかった。蒸気自動車は1700年代後半に発明され、1800年代前半に実用化、市場に広がるかに見えた。だが、乗合馬車組合の圧力や、赤旗法などの蒸気自動車を規制する動きが普及を大きく遅らせた。

前述の挿絵は、そんな時代背景の中で書かれたものらしい。蒸気自動車に圧力をかけた乗合馬車組合を揶揄する風刺画だろうか。馬が蒸気機関で走っている様子がいろいろな気づきを与えてくれる。

皆さんは、この挿絵から何を感じるだろうか。

革新的技術の登場をどう捉えるか。蒸気機関が社会の構造変革を促したことは、今となっては明らかだが、当時の人達にとって、新しい技術がもたらす「変化」を考えるのは難しかったのだろう。蒸気機関の普及期、その革新的技術がもたらす「変化」の捉え方は人それぞれだったに違いない。

さて、”AI” は世の中をどのように変えるのだろうか。

生成AIの登場は衝撃的だった。世の中が変わる!と感じた人も多いだろう。だからこそ、その変化の捉え方が重要になる。将来、AIが進化する先に、どんな社会が待っているのか。

今回から数回を使って「AI浸透後に広がる社会」を妄想してみたい。

<生成AIの登場と “その先” の話>

生成AIが世間を騒がせている。特に注目を集めているのは ChatGPT だろう。ChatGPT-3.5 が2022年11月に、2023年3月に ChatGPT-4 が登場した。本連載でも(慌てて、笑)臨時テーマとして生成AIについて報告した(第38回)のを覚えている。その後、音声認識・画像認識の性能が劇的に向上した ChatGPT-4o(omni)も登場した。今では、生成AIと自然な会話が楽しめる。(楽しめる… のか? 笑)

生成AIに可能性を感じる人は多い。コミュニケーション能力の高さは驚異的だ。あらゆる言語を扱い、ネットにある情報を自在に参照する。数学の難問を解き、医師国家試験にも合格するという。知ったかぶりをするのは人間っぽくてお茶目だが(笑)、ともあれ、我々の想像を超えるレベルでいろいろなことができるようになったのは間違いない。

さて、
今回、特に考えたいことは

 「今の生成AIで何ができるか」ではなく
 「将来、AIがさらに進化・浸透したときに、社会がどう変わるか」である。

本連載では「深化と探索」でいう「探索」の視点で「将来」を考えたい。以前も「横 → 深化」と「縦 → 探索」の考え方について紹介したが (第51回、他)、簡単に復習すると次のような位置づけになる(めっちゃ省略して書いているが… 笑)

  •  深化:「今やっていることに新しい技術をどう適用するか」
  •  探索:「その技術の先に、社会がどう変わるか」

AI浸透後に社会がどう変わるのか。生成AIが市場で認識されたのは最近の話である。生成AIはまだ「世に出たばかり」だ。技術面からみても、応用面からみても(さらには、ビジネス的な視点でも)、これから大きく変化することは間違いない。「今、できること」を考えるよりも、その先に、さらに進化した “AI” が登場・浸透することで「社会が劇的に変わる」かもしれない、と考えるほうがワクワクしないだろうか。

※ここでは “AI” の厳密な定義は控える。今後登場する関連技術が現在の定義や分類で整理できるとは限らないし、むしろ、様々な可能性を残したほうが「妄想」の幅が広がるだろう。

<歴史に学ぶ社会構造変革>

あらためて「蒸気機関」が社会にもたらした構造変革を考えみたい。以下、代表的なものをピックアップしてみよう。

※ちなみに、私のような世界史が苦手(第46回参照)な人間が言っても説得力がないので、読者の方は、ぜひ自分でも調べてみてほしい(笑)。

  • 産業革命

産業の構造が変わった。当初は、綿工業を中心に機械化・自動化が進んだ。やがて、軽工業から重工業へと急速に工業化が進んだ。結果的に、経済の中心が農業から工業にシフトした。

  • エネルギー革命

エネルギーの獲得手段が変わった。農業中心の時代はエネルギーの主役は太陽光だった(農産物の生産 or 木炭の利用など)。蒸気機関の登場でエネルギーの主役は化石燃料にシフトした(石炭の利用 → やがて石油の利用へ)。

  • 移動革命

人やモノの移動範囲が変わった。従来は、馬車で移動可能な範囲で経済活動が行われていた。蒸気船、蒸気機関車、蒸気自動車の登場で、海を越え、大陸を横断し、経済活動が行われるようになった。

  • 他にもいろいろ…

<AI浸透後の社会を妄想するヒント>

では、AI浸透後に、社会にどんな変化が訪れるのだろうか。前節「蒸気機関」の話は、ヒントが溢れている。例えば、

  •  産業の構造はどう変わる??(参考:産業革命)
  •  競争力の源泉はどう変わる?(参考:エネルギー革命)
  •  経済圏はどう変わる?(参考:移動革命)
  •  etc.

AI浸透後の社会を妄想するのは面白い。上記はほんの一例だが、深堀りしてみると、一つひとつがとても奥深く、熟考に値する。いずれも面白いテーマなので、本連載でも次回以降で深堀りして考察してみたい。

あらためて、

ここで強調したいのは「AI浸透後」を考えることである。「今の生成AIでできること」は、まだ序の口である。技術進歩のスピードを考えると賞味期限も短そうだ。正直なところ「生成AIが今の仕事を楽にしてくれる」と考えるのは、冒頭の「乗合馬車組合」と大差はない。AI浸透後に今の仕事が残っているかどうかもわからないのだから。

それよりも、その先に何が起こるのかを考えるほうがワクワクする。本連載で考えるべきは「将来、AIがさらに進化・浸透したときに、社会がどう変わるか」だろう。

次回以降、さらに深堀りして「AI浸透後の社会を妄想」してみたい。

<おわりに>

新テーマ「変化をチャンスに」では、変化を捉える視点と思考について考察している。今回から数回分を使って「AI浸透後の社会を妄想する」をテーマとしたい。

ここでも次の2つの視点を意識したい。

  • ”What” を変えず “How” の変化を考える「深化」
  • ”Why” に立ち返って変化の先の “What” を考える「探索」

本連載では「探索」の視点で考察する。生成AIに大きな可能性を感じている方も多いだろう。「今の生成AIをどう使うか」ではなく「その先に社会がどう変わるか」を、ぜひ、一緒に妄想してみてほしい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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