〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第54回:変化の捉え方 〜 モノを売る or 体験を提供する
コラム
<はじめに>
「コールセンター」という言葉にどんな印象をお持ちだろう?
先日、とある通販のコールセンターに電話した。定期便の商品を解約しようにも、とにかく電話がつながらない。申し込みは簡単にできたのに(笑)、解約がこんなに大変だとは。結果的に、行政の消費者センターに連絡して解約手続きはできたが、この理不尽な気持ちはどうしてくれようか、との思いがこみ上げてきた(怒)。
コールセンターにまつわる話を聞く機会は多い。なかなかつながらない、などは日常茶飯事だろう。自動応答がわかりにくくて迷路のようだとか、ようやく人間につながったのにマニュアル通りの機械的な対応に辟易したとか、など、など。
コールセンター側にも事情があるらしい。契約数と解約数が指標にあるから契約窓口がつながりやすく解約窓口がつながらないのだとか(そんな単純な話か? 笑)。また、平均処理時間 (1件のコールにかかる処理時間の平均)が指標とされることが多く、結果的に、効率的なやり取りを前提とするマニュアルが整備されることになる、とも聞く。
従来、コールセンターは「費用」と捉えられることが多かった。例えば、物販に関連するコールセンターは「モノを売る」ことの付随的なサービスである。結果的にコスト削減の対象になりやすいのは頷ける。人員削減や自動化・効率化が進むのは必然かもしれない。
一方で、コールセンターを「投資」と捉える考え方もある。コールセンターこそ価値を生み出す機会である - そんな考え方に基づいて急成長した企業がある。今回はそんな事例を紹介してみたい。
<Zappos>
Zapposという会社がある。1999年にサンフランシスコで創業、オンラインで靴を販売し、急成長した。同社の特徴は高い顧客満足度にある。口コミによる新規顧客開拓が43%、顧客リピート率が75%。いずれも、驚異的な数字である。
同社にCLT(Customer Loyalty Team)と呼ばれる組織がある。CLTは、コールセンターやカスタマーサポートを主たる業務とする。
このチームがヤバい(語彙力… 笑)。
事例をひとつ紹介しよう。あるとき、Zapposで靴を買った女性がラスベガスに旅行した。旅先のホテルで、その靴を持ってくるのを忘れてきたことに気づいた彼女は、ZapposのCLTに電話して事情を説明、急いで同じ靴が欲しいと伝えた。実は、Zapposでは運悪くその靴は品切れだったのだが、電話を受け取った担当者は、ラスベガスの靴屋(Zapposの、ではない!)を探し回って、同じ靴を買って彼女に届けた。女性が驚き・喜んだことは言うまでもない。この話はネット上で話題になった。
さて、これは、どういうことだろう?
担当者の判断でこんなことができるのか?
担当者の権限と責任はどうなっているのだろう?
たまたま、頭のおかしい担当者がいたのか?(笑)
Zapposには驚く話がたくさんある。CLTには重要な役割があり、担当者が自主的に考え、判断して行動できるだけの権限と責任が与えられている。そうやって生まれた逸話のいくつかは「伝説」として語り継がれているという(笑)。
※興味のある人のために以下の書籍を紹介しておこう。
石塚 しのぶ: 「ザッポスの奇跡(改訂版)~アマゾンが屈した史上最強の新経営戦略」、廣済堂出版 (2010/12/21)
Zapposには「10 Core Values(10個の核となる価値観)」が言語化されている。最初のひとつは「サービスを通して、WOWを届けよう」である。モノを売る、のではなく顧客に感動体験を届ける。Zapposは、その機会として顧客接点を捉え、そこで感動体験を届ける役を担うのがCLTだと言える。同社がCLTを核とする組織運営を行い、企業文化の浸透(10 Core Values の浸透)を徹底していることからも、その重要性が伝わってくる。
<Amazonによる買収劇>
Amazonによる買収劇についても紹介しておこう。2009年、AmazonがZapposを買収した。その額は12億ドル(当時のレートで1200億円程度)。一見、オンラインショッピング分野の巨人が、オンラインで靴を販売する事業者を買収したようにも見える。だが、当時の記事や、さまざまな分析を背景に考えると、Amazonの(当時の同社CEOのジェフ・ベゾスの)狙いは別にあったようだ。
AmazonはZapposの「サービス企業」としての仕組みと企業文化を手に入れたかったのだろう、とされる。これは、両社のコア・コンピタンス(核となる強み)を比較してみると理解できる。
Zapposは自分たちを「サービス企業」であると宣言する。たまたま靴を販売しているが、その本質は「顧客にWOWを届ける」ことにある。至上の顧客体験を提供する、顧客に幸せをデリバリーする、などの考え方が同社の根底で共有されている。
同社CEOのトニー・シェイが語った言葉は印象的だ。ネットの普及で「個の時代」が来る、と彼は考えた。匿名大衆の時代から顕名個客の時代に ー 本連載で伝えてきたメッセージに通ずるものがある。その先にあるのは、マス向けのブランディング広告で知名度を獲得するのではなく、個人の体験がソーシャルで注目され、口コミで広がっていく世界観だった。だからこそ、個人の「感動体験」が大事なのだという。
Zapposの徹底したサービス精神は注目に値する。Zapposの顧客からは「飛行機会社の運営もしてほしい」「行政窓口の運営もして欲しい」などの声も聞かれるという。このことからも、顧客は「靴」ではなく「感動体験」に満足していることが分かる。
一方、Amazonは巨大なEC事業者である。デジタルの特徴を最大限に活かし、物販の世界のコストやスケール、さらには時間の常識をぶち壊した。デジタル技術が、膨大な数の商品数を取り扱い、世界を股にかける配送網を持つことを可能にした。
Amazonは「モノ」を売る企業として最先端かつ世界最大規模の仕組みを実現した。一方、その時代には「モノからコトへ」「モノから体験へ」と言われ続けた。Amazonから見ると、Zapposの「体験」を提供する仕組みや企業文化(さらには、そのノウハウも)は魅力的だったに違いない。Zapposのビジネスモデルや仕組み、企業文化、さらには経営もそのまま残すことを条件に、Amazonが同社を買収したことは理にかなっている。
ひとつ特記しておきたい。
Amazonはデジタル技術の発展やネットの普及・浸透を背景に「モノを売る」ことを極限まで最適化・自動化し、市場と事業を世界規模にスケールさせた。デジタル時代の変化で「売り方」を(想像を超えるほど)劇的に変えたとも言える。
一方、Zapposは、デジタルの浸透で「体験を提供する」ことが重視されるようになる、と考えた。顧客に提供する「価値」を変革する - 感動体験こそがZapposのコアコンピタンス(核となる強み)として位置づけられた。
変化をどう捉えるか。正誤でも、善悪でもない。変化の捉え方ひとつでビジネスのカタチがまったく違ったものになるのは興味深い。
<おわりに>
新テーマ「変化をチャンスに」では、変化を捉える視点と思考について考察している。今回も、身近な事例を参照しながら、次の2つを比較してみた。
● ”What” を変えず “How” の変化を考える「深化」
● ”Why” に立ち返って変化の先の “What” を考える「探索」
今回は「モノ」を売るAmazonと「体験」を提供するZapposの対比を交えつつ、変化の捉え方について考えてみた。繰り返しになるが、正誤・善悪を語るつもりはない。捉え方ひとつで、ビジネスのカタチが違うものになる。だからこそ、変化の捉え方が重要な意味を持つということを事例を通して考察してみた。
実は、Zapposは組織づくりの面でも極めて特徴的かつ学びの多い事例である。今回は誌面が足りないが、機会をあらためて、組織づくりの視点からも紹介してみたい。
※本内容の引用・転載を禁止します。