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〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第52回:変化の捉え方 〜 コミュニケーションツールの話

中川郁夫 コラム

<はじめに>

とある企業の役員が力強く語った。

 「当社は、会議のDX(Digital Transformation)を推進する」

検討案は次の通り。

 「会議用タブレットを導入する」
  → 紙を配るのではなく、電子的に資料を参照できるようにするため

さて、読者のみなさんはどう感じただろうか。

本連載の読者の方はお気づきだろう。上記の例は「媒体」のデジタル化である。電子的に資料を参照するのはペーパーレスの話のように聞こえる。これを「トランスフォーメーション」と銘打つのは若干心許ないように感じるのは私だけだろうか(笑)。

  - 変化をチャンスにつなげる思考法とは。

変化の時代には「変化をどう捉えるか」が重要な意味を持つ。コミュニケーションツールもしかり。技術の進歩はコミュニケーションモデルを大きく変えた。デジタルツールの進歩が「情報共有モデル」を変え、さらには「組織構造」を変える可能性もある。

今回はコミュニケーションツールに関する興味深い事例を参照しつつ、変化を変革に結びつけるヒントを考察してみよう。

<コミュニケーションツールの導入事例より>

KAKUICHIという会社の記事が面白かった。コミュニケーションツール(具体的には、slack と呼ばれる情報共有システム)導入で意思決定スピードが従来の4倍になったという。

(*1) https://slack.com/intl/ja-jp/customer-stories/historical-kakuichi-boosts-decision-making-speed

KAKUICHIについて少しだけ触れておこう。グループ総売上350億円、従業員600名。鉄骨ガレージやホースなどの農業用資材の販売や、太陽光発電・ホテル事業・環境事業まで多角的に手がけている。

(*2) https://www.kaku-ichi.co.jp/

同社は1886年創業の超老舗企業である。2010年代半ばまでは紙・電話・FAXが中心でデジタルとは無縁(?)だったと聞く。超アナログ企業だったとも言えそうだが(失礼…)、いったい同社に何が起こったのだろうか。

上記の記事(*1)はヒントに溢れている。例えば…

 ・情報を持つ人が判断する
  → 情報がないことは「判断しない」ことにつながる。現場が情報を持つことが大事。

 ・拠点を超えて相談事を共有できる
  → 全国100拠点を跨いで質問〜ヒント・アイディア・経験の共有が可能。

 ・中間管理職が不要に
  → 全員が情報を持つことで組織がフラット化。情報伝達役の中間管理職は不要。

 ・新しい組織モデルの可能性も
  → ミッション型タスクチームや新しい評価の仕組みにも挑戦。

お気づきだろうか。冒頭の例のように、今の会議の仕組みを前提にデジタルツールを導入する話とは次元が違う。KAKUICHIはコミュニケーションツールを活かすことで組織のあり方そのものを変えようとしている。

<情報共有モデルと組織構造の変革>

KAKUICHI社長 田中離有氏の言葉を紹介したい。

 「従業員が上からの命令で動くような組織は今の時代に合わない」

これを当然のように語れる経営者は強い。同氏は、その先に

 「自分たちで考えて機動的に行動できる組織」

を目指しているという。指示を待つのではなく、自ら考え、自ら判断し、自ら行動する。そのために現場が必要な情報をすべて共有する。そのためのコミュニケーションツール導入なのだろう。

機動的組織の実現には情報共有モデルの変革は必須である。

従来は「報連相」が当たり前とされてきた。報告・連絡・相談は新入社員研修で教わる基本中の基本でもある。階層の下に位置する者は、上位者からの指示に従って行動し、なにかあったときには上位者の判断を仰ぐ。報連相は情報統制と指示・管理に基づく階層型組織の情報伝達モデルとして浸透した。そこで重視されるのは序列と規律である。

一方、機動的組織は「透明性」を重視する。前述の通り、現場が自ら考え、判断し、行動するには情報共有の仕組みが鍵を握る。透明性による情報共有を前提に、自律的な判断・行動を促す。序列や規律も必要だが、それ以上に理念や価値観の共有が重要になる。

<デジタルツールがもたらす変化の意味>

時代とともに便利なツールが次々に登場する。本稿ではコミュニケーションツールを取り上げたが、他にも様々なツールやシステムが活用できるようになってきた。

もちろん、使えるものは使うべきだ。とはいえ、冒頭の例のように、今の仕組みを変えない限り媒体の変化に終わるだろう。報連相による情報統制と指示・管理の前提が変わらなければ「従業員が上からの命令で動く」組織構造は変わらない。

KAKUICHIは、組織構造を変革するための道具としてデジタルツールを位置づけた。透明性を前提とする情報共有を推進することで、現場が「自分たちで考えて機動的に行動できる」組織を目指すことは理にかなっている。同社のスローガン「やろう。だれもやらないことを。」には挑戦の意思が溢れている。今の時代ならではの、新しい組織づくりの挑戦に注目したい。

変化をどう捉えるか。捉え方ひとつで、その先の展開はまったく違う。同社の事例は、デジタルツールが組織変革を推進するための足がかりになることを教えてくれた。

<おわりに>

前回から新テーマ「変化をチャンスに」がスタートした。変化の時代、チャンスをモノにするためには「変化を捉える視点と思考」が重要である。今回はKAKUICHIの事例を参照しつつ、コミュニケーションツールがもたらす変化をどう捉えるか、を考えてみた。

我々はさまざまな構造変革に直面している。その多くが「変化の捉え方」にヒントがあることも興味深い。次回も、事例・事象の独自分析を交えつつ、変化をチャンスにつなげるための視点と思考について考えてみたい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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