Jライブラリー

世界の銀行・FinTech企業のキャッシュレス化・DX化への取り組み <第12回>  

吉元利行 コラム

前回、中央銀行が発行するデジタル通貨の仕組みなどを紹介した。中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)は、民間企業が発行する電子マネーや、銀行などが発行するデジタル地域通貨などと異なり、強制通用力を持つ。中央銀行が発行するにあたっては、十二分に安全性に配慮し、慎重に導入されると考えられる。しかし、CBDCを利用すれば、決済に関連するあらゆる取引情報や送金等の情報が一つのシステムを経由し記録されるとなると、個人の決済行動に関連するあらゆる情報が中央銀行に集中(情報の一元化)してしまい、プライバシーが保たれないのではないかとの懸念がある。そこで、取引情報の保有に関してどのような制度設計がされようとしているのかを確認したいと思う。

取引情報の一元化に対する不安

CBDCを発行する目的は各国の事情により異なるが、中央銀行としては、お札やコインの製造、運搬、古い紙幣を回収して処分するなどのコストの削減とともに、金融政策の柔軟性の獲得がメリットといえる。政府とすれば、マイナンバーカードに銀行口座を紐付けておけば、政府の管理する会計から資金移動のためのコストをほとんどかけずに給付等ができ、予算のほぼ100%を支援事業や弱者救済への投入が可能になる。また、現金を隠匿するようなタイプの脱税を防ぐこともできるなど、メリットが多い。商業銀行にとっては、ATMの維持、現金補充、防犯のための保険料などのコストの削減ができるので、経費率の大幅な引き下げにつながると考えられる。

そういったCBDC採用のメリットがある一方で、管理形態によっては個人や法人の送金、決済、貯蓄、寄付、投資、返済といった行為に付随するCBDCの移転日、受取先、金額といった情報が中央銀行やシステム内部に一元的に管理され、利用者の金銭使用に関連するあらゆる行動が把握可能になる。国家によっては、その情報を国民の監視などの目的で利用されるのではないかとの不安感が生じる。
したがって、一部の中央銀行では、デジタル通貨の導入に当たり、個人や企業間の決済ではなく、金融機関の間の決済を対象にする方針で臨む国もあるようだ。

中央銀行はプライバシーに配慮

しかし、現在のところ、一部の国を除いたほとんどの中央銀行はプライバシーに配慮し、国民のそういった懸念を解消する方向でCBDCの設計を計画しているようである。

計画されているCBDCのほとんどは、中央銀行が銀行経由で直接発行する「直接発行型」ではなく、間に利用者の預金口座がある商業銀行が発行する「間接発行型」が計画されているようである。間接発行型は、銀行預金または現金と交換して民間銀行が利用者に発行するデータそのものに金銭的な価値を持たせる「トークン型」か、預金や現金のようにCBDCが銀行口座で管理される「口座型」に分かれる。
間接発行型であれば、利用者が預金する銀行がCBDCの利用情報を管理するので、中央銀行が直接利用者のアカウントに接続することはなく、個別の取引情報を保有することはできないと考えられる。つまり、間接型のトークン型であれば、携帯電話の電子財布を通じた現状の電子マネー取引のように、口座型であればデビットカード取引のようなイメージになり、現在のキャッシュレス取引一般と同程度の情報管理が可能となろう。

CBDCが発行され各国の中央銀行が連携すれば、従来の電子マネー取引ではほとんどできなかった国境を越えた決済が簡易・迅速にできるようになり、コストも大幅に低くなるはずだ。プライバシーを確保しながら、独立性はもちろん、透明性やトレーサビリティー(履歴の追跡)も向上するので、外国為替管理、マネーローンダリングやテロ資金、拡散融資対策も、低コストで実現できるようになるのではないだろうか。さらに、CBDCには、プラスの金利もマイナスの金利もつけられるので、金融(金利)政策の柔軟性が高まることになろう。また、プログラミングにより物流システムに導入すれば、企業の決済が自動化されることも考えられる。

匿名性の確保は十分か

例えば、一番実証実験が進んでいるデジタル人民元は、アプリ方式の「ソフト・ウォレット」の他、「ハード・ウォレット」方式が開発されており、小型液晶ディスプレーのついたICカードや腕時計、キーホルダー等のハード経由での簡便な決済が可能になっている。事前にチャージした金額の残高などの情報が表示され、持ち運びも便利だ。また、クレジットカードのように、利用限度額が設定されているため、使いすぎを防ぎ、紛失や盗難にあっても被害を小さくできるように設計され、未知の決済システムに対する不安感の解消が図られている。

観光で中国本土を訪れることが多い香港用には、ほとんどの人が使用する「オクトパスカード」のアプリ経由でデジタル人民元の「ハード・ウォレット」を取得できるようにもしている。深圳(香港の新界と接し、経済特区に指定されている中国の都市)に設置される発行機で手続きを行うことで、その日のリアルタイムの為替レートで換算されるデジタル人民元をチャージできるようにすることで、観光客の使用を促している。この仕組みは店で利用する際に個人情報との関連付けがされていないので、プライバシー意識が高い香港住民にも受け入れられるように設計されている。しかしながら、デジタル人民元やロシアのCBDCの発行計画では、脱税や汚職摘発など、必要に応じて政府が取引情報を閲覧できるようになっているようだ。そうであれば、他国のように取引情報に直接アクセスしないことで、プライバシーに配慮する仕組みであるとは言えない。

中国やロシア以外にも、犯罪捜査やマネロン捜査などの目的で、裁判所の許可など厳格な手続を経て、取引情報の開示請求ができることを想定している国もある。また、少額取引に限って完全匿名性を確保するという設計もヨーロッパでは検討されている。

発行に当たってどこまで完全な匿名性を確保すべきか、わが国でも今後議論されるものと考えられるが、可能な限り匿名性を確保しつつ、犯罪捜査やマネロン捜査などの社会の安全維持目的に限り、裁判所の許可などの厳格な手続を経て、取引情報の開示請求が限定的に認められるというのが望ましい姿ではないだろうか。

いずれにしろ、発行の設計に当たっては、国民の理解が得られるように徹底した議論が望まれる。

※本内容の引用・転載を禁止します。

pagetop