世界の銀行・FinTech企業のキャッシュレス化・DX化への取り組み <第9回>
コラム~Rounding Rule”の導入によるコインレス化~
“Rounding Rule”(ラウンディング ルール)というものをご存じだろうか。
カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、オランダ、ベルギー、アイルランド、フィンランドなどで導入されている「釣銭に関する切り上げ・切り捨てルール」のことである。
ユーロを導入しているオランダ、ベルギー、アイルランド、フィンランドで買い物した額の合計額が、例えば「5ユーロ33セント」だったとしよう。これに対し、買い物客が5ユーロ紙幣と1ユーロ硬貨を出して支払う場合、通常なら、67セント(50セント硬貨1枚、10セント硬貨1枚、5セント硬貨1枚、1セント硬貨2枚か2セント硬貨1枚)のお釣りが渡されるだろう。しかし、Rounding Ruleが適用される国では、お釣りは、65セント(50セント硬貨と10セント硬貨1枚、5セント硬貨1枚)でもよいことになる。
切り上げと切り捨て
Rounding Ruleの適用があると、お釣りが少なくて、損をする場合も考えられるが、得をする場合もある。切り捨てと切り上げのルールは例えば、【表】のように行われる。
計算上の釣銭額 | ルール適用後の釣銭額 |
1ユーロ 1~2セントのとき | 切り捨てで1ユーロ |
1ユーロ 3~4セントのとき | 1ユーロ 5セントに切り上げ |
1ユーロ 5セントのとき | 1ユーロ 5セントのまま |
1ユーロ 6~7セントのとき | 1ユーロ 5セントに切り下げ |
1ユーロ 8~9セントのとき | 1ユーロ 10セントに切り上げ |
1ユーロ 10セントのとき | 1ユーロ 10セントのまま |
1ユーロ 11~12セントのとき | 1ユーロ 10セントに切り下げ |
ユーロを採用しているEU諸国で、1セント硬貨や2セント硬貨が利用できないわけではない。ではなぜ、そのような取り組みをしているかといえば、少額硬貨である1セント硬貨と2セント硬貨をできるだけ使わせない、製造しない「コインレス」化に取り組んでいるからである。
日本でも1円のアルミニウム硬貨の製造コストは3円(2018年当時)とされているが、EUなどでも少額硬貨の製造コストがその額面より高くなっているため、その使用を少なくして、製造コストを抑えようとしているのである。お隣の韓国でも、2008年5月から、硬貨の流通の削減を図るコインレスキャンベーンが開始されている。韓国銀行(中央銀行)が全国銀行連合会と連携し、毎年5月に「汎国民コイン交換運動」として実施しているようだ。各国の少額硬貨の製造コストを考えると、合理的な取り組みのように思える。
独自の釣銭ルールも
Rounding Ruleを未導入の国でも独自にお釣りの切り捨て、切り上げが行われている国を見かける。筆者の経験では、2016年に訪問したスウェーデンとベトナムがそうだった。
ベトナムの日系スーパーで少額の買い物をしたときに、お釣りの端数の250~500ベトナムドンの代わりに飴玉を1個もらったことがある。250ドンも500ドンも紙幣であるが、約1~3円程度なので、少額コインと同様、外国人が持っていてもほとんど使うことはないので、気にはならない。
ベトナムの4か月前に訪問したスウェーデンでは、キャッシュレス決済が進み少額コインの流通が大きく減少している。個人商店だけでなくスーパーなどでも端数額が切り上げられてしまうと現地在住の日本人の方から聞いていたので、ベトナムでは飴玉をくれる分だけ、ましだなと思った思い出がある。(すべての店がそうかは不明である。またスウェーデンでは滞在期間中、すべてカード決済をしたので、実際に体験はできなかった。)
大胆な切り上げがキャッシュレスの推進に?
ところで、今回Rounding Ruleを紹介するにあたって、昨年からオランダに住む知人女性にRounding Ruleの運用状況についての感想を聞いてみた。すると、10セント以下の切り捨て、切り上げはほとんど気にならないが、店によっては10セント~30セント単位でも一方的に切り上げられたりするので、主婦としてはさすがにちょっと注意しているという。現状10セントが16円強なので30セント切り上げでは50円近くになる。それが毎日何回も発生すれば大きい額になるので、今はマエストロカード(マスターカードのオンラインデビットカード)でのみ買い物しているとのこと。
そういえば、スウェーデンでも案内役の女性から同じ話を聞いた。スウェーデンでは、Rounding Ruleは採用されていないが、キャッシュレス決済が浸透し銀行が現金を扱わないところが多いため、少額コインの流通は著しく減少している。したがって、個人の店だけでなく、スーパーや生協などでもお釣りが足りなくなる現象が生じており、実質的にRounding Ruleが運用されている場合がある。この切り上げはわずかな金額ではあるものの、毎日現金で買い物しているとその額は「ちりも積もって結構な額になる可能性があって損をする」と。また、スウェーデンでは以前から「現金取引お断り」という店舗もあり、お釣りを使おうにも使えず、小銭が自宅に死蔵されてしまう。それによって、ますます小銭が流通しなくなってしまうというスパイルになっているようだ。結局、損をしないように、売価に端数が付きやすいスーパーでは、デビットカードを中心にカード決済がほとんどになっている。キャッシュレス決済では端数もきっちり請求され、スーパーも買い物客にも損は発生しないからだ。
日本でもRounding Ruleの検討時期か
スウェーデンでは銀行支店が減少しATMの設置台数も少ないうえ、現金(小銭)を受け取る銀行がさらに少なくなっているため、現金を預けるためには高い交通費をかけて遠くの銀行に行かねばならず、現金支払いも受け取りも損する状態になっている。
また、以前にも紹介したが、マネーローンダリング対策や犯罪対策の関係で、10数万円以上の高額な現金取引が禁止されている国も多い。
したがって、デビットカードやクレジットカード、電子マネーなどのキャッシュレス決済を利用するほうが、迅速に決済でき、損もせず、家計簿等へのデータ連携もできるなど利便性の高さが実感できるようだ。
日本でも、釣銭のためなど銀行で両替すると交換手数料がかかるようになった。また、硬貨を窓口に数百枚単位で持ち込むと硬貨入金整理手数料の支払いが必要になっている。さらには、有力地方銀行の数行が、現金の入出金を扱わない「キャッシュレス店舗」を数店舗ずつ開始する動きも進んでいる。ATMでの入出金・両替は可能で、預入手数料が無料の銀行が多いものの、ゆうちょ銀行では、ATM入金でも1回あたり100枚が上限で330円、1~25枚でも110円の入金手数料が課せられる。金種と量によってはほとんど手数料に消えてしまいかねず、手数料無料の地方銀行等のATMに入金することがおおくなっているようだが、徐々に有料化する銀行が増えつつあるようだ。
スーパー、コンビニ、青果店など、単価が100円未満のお店では1円玉はまだ必要であり、銀行の支店閉鎖や両替・入金手数料の有料化は小銭商売の商店にとっては根付けと釣銭確保に悩ましいところである。しかし、消費税が10%になって、キャッシュレス決済が増えてきた現在、役割を終えつつあるというのが実際なのではないか。1円玉に関しては、すでに製造コスト問題より、流通に伴うコスト、処理上のコストの問題のほうが大きい。商店と銀行の取り扱いコストを考慮しつつ、値決めはそのまま維持するなら、全面的にキャッシュレス決済を導入するとともに、現金客に対してはRounding Ruleの導入を検討すること、国としては1円玉の製造を廃止し、流通から回収してコインレスにすることを検討してもよい時期に来ているのではないだろうか。
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