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第44回:「データ戦略と信頼モデルの話(4)」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

スマートグラスに関連するニュースが衝撃的だった。

 「最先端の顔認証技術を用いて人混みなどで容疑者を発見できるハイテクのサングラス」

https://www.afpbb.com/articles/-/3161548
https://www.gizmodo.jp/2018/04/face-recognition-identified-suspect-out-of-crowd-of-50000.html

中国警察が最先端技術を応用したサングラスを導入した。顔認証により、5万人の群衆の中からたった1人の犯人を見つけるという。SFのような話だが、このニュースは2018年のものなので既に5年前のことだ。

そういえば、コロナ禍、気になるニュースがいくつか流れた。ひとつは勤怠管理の話。リモートワークが急速に浸透したことを受けて、PCのログ監視や画面越しに労働者の集中度合いを可視化する、などの新たなサービスがいくつも立ち上がった。

最近は学校でもこの手の技術が導入されつつある。生徒の腕にリストバンドをつけさせて脈拍を測定することで、生徒の「集中度」をほぼリアルタイムで把握できるという。

さて、これらの事例を聞いてどう感じるだろうか。

これらの事例に違和感を感じる人は多い。データの取得と活用に関する話であり、デジタル時代の先進的な事例だが、自分がデータを取得される側になることを考えると、抵抗を感じる人も多いのではないだろうか。

本連載の第41、42、43回は「データ戦略と信頼モデル」について考えてきた。上記の例は、第42回の「能力」の話、第43回の「安心」の話とは別の視点が必要になりそうだ。

本港では新たな視点で「信頼」について考えてみたい。

<技術的な背景と適法性について>

まず、冒頭の事例について「能力」と「安心」の視点から考えてみよう。

どの事例も技術的には実用段階にある。昨今の急激な技術進歩を考えると、これから先、さらに高度なことができるようになるだろう。実際、コロナ禍に登場した接触確認アプリのCOCOAや、顔認証による入出国手続き・電車の乗車処理などが実用化されつつあり、かなり幅広い応用が進んでいる。

冒頭のどの事例も、技術的に否定されるものではなさそうだ。つまり、本連載の第42回で説明した「能力」を有する可能性が高いと考えるべきだろう。

法的な視点ではどうだろう。スマートグラスは警察が犯罪者を見つけるために使われる(中国では、国がそれを推進している)。労働契約に基づく勤怠管理、子供の学習効果向上、などの理由ももっともらしく聞こえる。実際、現状の個人情報保護法を前提にすると、本人の同意手順さえ踏むことで法的な問題はクリアできそうだ。

第43回で説明した「安心」の面でも法的な問題はない(クリアできる)と考えるべきなのかもしれない。

では、多くの人が感じる「違和感」はどこにあるのだろうか。

<人格や関係に基づく信頼>

パーソナルデータを取得・活用する場合、事業者(サービスを提供する主体)の「人格」が重要な意味を持つ。個人が自分のデータを取得されても良い、活用されても良い、と考えるのは、取得・活用する主体が「人格」的に信頼できる場合に限られる。

冒頭の例で、個人のデータを取得・活用する主体は「人格」的に信頼に値するのだろうか。主観的な感覚に依存するので断言は避けるが(笑)、その主体が「人格」的に信頼できないのであれば、データを取得・活用されることに大きな違和感を感じるのは当然だろう。冒頭の例は「監視」に関連するものであり、特に事業者の「人格」が重要な鍵を握る。他にも、データ販売や営業利用など「人格」がグレーゾーンにかかるデータの活用方法も多い。

「人格」を考える上で事業者の「社会的な大義」は大きなヒントになる。デジタル時代にデータを扱う上で社会的な大義は重要である。例えば、それが「社会での価値創造」や「利用者への価値還元」などであればわかりやすい。一方で「自社の利益」が目標であれば「人格」的にどのように感じるだろうか。

個人の「利益・不利益」も重要な視点だろう。例えば、自分に不利益があるかもしれない、知らないところで勝手に使われるかもしれない、などの疑念がある状態では、データの取得・活用には抵抗を感じるだろう。自分に不利益(になる可能性)があることに違和感が生まれるのは、人として自然な感覚である。利益・不利益の視点も含め、個人と事業者の間に良好な「関係」が構築されることは、データ活用を促す上で重要な意味を持つ。「人格」を前提に、継続的な関係構築と実績開示があれば、データを取得・活用することへのハードルが下がる、といえばよいだろうか。

本稿で注目したいのは(狭義の)「信頼」である。「信頼」は「人格」 (企業の場合は法人として) や「関係」から生まれる。例えば、企業理念が明確で事業やサービスに浸透する組織は企業理念が企業そのものを表現する。実態・実績の開示や継続的な関係構築は企業の姿を明らかにしてくれる。人格的・関係的なところに「信頼」が生まれるのは納得感がある。

<おわりに>

第41回からスタートした本シリーズでは、顕名市場における「データ戦略と信頼モデル」について考察している。顕名市場では個客とのデータ共有は必然である。そこでは信頼モデルが肝である。サイバー文明が富の源泉を「信頼」と考えるように、個客データを集め、企業と個客の「関係」を構築・更新していくためにも「信頼」は大前提である。

本シリーズで考えてきた「信頼モデル」について整理しよう。本シリーズでは利用者の期待を分類するところからスタートした。
 ・能力に対する期待 (モノやサービスの質、あるいは技術的な視点での期待)
 ・意図に対する期待 (相手が自己利益のために搾取的な行動をとらないことへの期待)

上記のうち、意図に対する期待を「安心」と「信頼」に分類した。
 ・安心 (規律と罰則に基づく安心)
 ・信頼 (人格や関係に基づく信頼)

厳密な議論は避けるが、直感的にも以下の考え方は納得感があるのではないだろうか。
 ・能力への期待はサービスを利用するモチベーションにつながる。
 ・法令遵守や罰則の存在は安心につながる。加えて、
 ・企業理念や実績・継続的な関係構築が信頼につながる。

以前も触れたが、上記は「信頼の構造」に関する研究から一部抜粋・参照している。次回は、その元になった研究について紹介し、あらためて信頼モデルを整理してみたい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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