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世界の銀行・FinTech企業のキャッシュレス化・DX化への取り組み <第3回>  

吉元利行 コラム

~現金決済を禁止すべきか、キャッシュレスオンリーを禁止すべきか~

前回は、キャッシュレス取引が圧倒的なスウェーデンでも、現金取引に一定層のニーズがあることから、日本でキャッシュレス化が進んでも当面の間は、現金の用意が必要であろうとの結論に至った。また、銀行はATMを減少させる一方で、スーパーなどでの「キャッシュアウト」を一定期間は充実させる必要があると述べた。

それでは大口の現金取引についても、存続させていいのであろうか。現金取引の匿名性の特性ゆえ、厳格な対応を迫られているマネロン・テロ資金対策の観点からは問題である。早期に現金取引を制限し、デジタル化対応しないと、金融機関は必要以上にモニタリング等の手間や対策へのコストがかかる。

海外では、大口現金取引にどう対応しているのだろうか。

15万円以上は現金取引禁止

ヨーロッパでは、贈収賄などの不正な取引、マネーローンダリングの防止、付加価値税などの脱税防止などの観点で、かなり以前から高額な現金取引が禁止されている国が多い。

例えば、フランスはもともと3,000ユーロ以上の現金での取引が禁止されていたが、2014年に付加価値税を20%に引き上げたことに伴い、現金取引の上限を1,000ユーロ(約15万円)に引き下げた。これは、観光客などの外国人にも適用されるので、旅行で高級ブランドバックなどを購入する際は、デビットカードやキャッシュカードでの決済が求められる。ただ、外国人の場合、上限は1,500ユーロとなっている。

下記の表にも記載する通り、ギリシャ、デンマーク、スペインやイタリアも同様な規制を導入している。

また、高額紙幣も世界的に廃止されており、ヨーロッパでは、2018年末で500ユーロ紙幣の発行が停止されている。高額紙幣を廃止すると、不正な取引の際には大量の紙幣を運ぶ必要があり、保管にも苦労するので、反社会的勢力の取引や脱税の摘発の可能性も高まりそうである。

現金取引制限国現金取引上限額実施時期
ギリシャ1,500ユーロ2011年1月
デンマーク10,000クローナ2012年7月
スペイン2,500ユーロ(居住者)
15,000ユーロ(非居住者)
2012年11月
イタリア1,000ユーロ2012年12月
フランス1,000ユーロ(居住者)
1,500ユーロ(非居住者)
2015年9月

キャッシュオンリーを禁止

キャッシュレス化が進む一方、現金しか決済手段を持たない人も存在する。そこで、飲食業やスーパーなど、日常生活に必要な商品等の購入においては、現金の取扱拒否を掲げることを禁止する例は多い。スウェーデンでは銀行に対し、現金を取り扱う支店を一定程度設けるように中央銀行が通達している。偽札対策もあってQRコード決済を圧倒的に利用する中国でも、当局が商店に対して現金も取り扱うよう再三通達している。

アメリカではニュージャージー州のほか、サンフランシスコ市、フィラデルフィア市、ニューヨーク市などで、州内や市内のレストランや小売店が現金での支払いを拒否し、クレジットカード払いなどに限ることを禁止する法律を施行している。

キャッシュレス化、デジタル化は、金融機関へのアクセスが困難な地域の解消策の一つとして、「金融包摂(Financial Inclusion)」の観点で語られることが多いが、先進国であっても、Non-Banked(銀行口座の非保有者)の存在はあり、現金以外に支払手段がないこれらの層への配慮から、取り組みが必要とされている。2019年のニューヨーク市の発表によると、市の11%の世帯が銀行口座を持たず、21.8%の世帯は口座を持っていても小切手による支払いや銀行以外の金融サービスを利用しているというから、キャッシュレス決済の進行に一時停止を求めざるを得ないのであろう。

「現金お断り」は違法とは限らない

どこの国にも法定通貨が定められ、決済手段として「強制通用力」が法律で規定されている。日本では日本銀行法第46条で、「日本銀行が発行する銀行券(日本銀行券)は法貨として無制限に通用する」と規定する。したがって、現金を決済手段として受け取らない場合、商店の行為は違法となる。しかし、スウェーデンのように商店が「現金お断り」という貼り紙をし、顧客が了解の上で商品を購入する場合には、契約の自由もあり、問題はないと考えられている。国内でも、完全キャッシュレスを謳う店舗もあるが、店舗内に自社発行のプリペイドカード発行機を配置するなど、実質的に現金でも買い物できる環境が整えてあるようだ。海外でのキャッシュレス決済を禁止する法律や通達は、行き過ぎた現金禁止を抑えようという趣旨だ。中国では商店に現金取り扱いを促す一方で、すでに大都市では「デジタル人民元」を流通させるテストを繰り返している。

キャッシュレス化の進展は、商店の決済業務や資金管理の効率化、銀行強盗などの犯罪防止の観点から導入され、脱税を防止し、犯罪収益の隠ぺい対策などにも有効とされている。したがって、現在の現金受領拒否を禁止する政策は、行き過ぎたキャッシュレス化の推進により現金支払いに支障が生じている低所得や高齢者などを救済する一時的なものに過ぎない。金融包摂の観点からの対応というなら、わが国では18歳以上の99%が銀行口座を保有しており、Non-Bankedの問題は考えなくてもよいと思われる。そうであれば、日本はやがて中央銀行自らがデジタル通貨(Central Bank Digital Currency:CBDC)を発行する時代になれば、いち早く現金決済がなくなる素地を持っているといえよう。

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