アフターコロナ第24回:磁気テープは今も健在
コラム前回まで、ICチップやスマホアプリを使った最近のデジタル取引を見てきた。すでに、銀行のキャッシュカードやデビットカード、クレジットカードの表面には、記録媒体としてICチップが装着されている。黒い磁気ストライプがはいったカードは、かつて一般的であったが、最近では、小売業者のポイントカードやホテルのルームキー、ガソリンスタンドの会員カードなど限られるようだ。しかも磁気ストライプカードは、磁気リーダー、スキマーなどを使えば誰でも簡単に記録が読めることから、偽造や情報漏洩等のリスクが高いという欠点がある。したがって、磁気式の記憶媒体は、情報量が膨大になり、高いセキュリティレベルが要求される昨今の取引には不向きで、ましてやグローバルな取引では、もはやその役目を終えたように思える。しかしながら、磁気ストライプの基となった磁気式のテープは、グローバルで先進的な企業においても、実はいまもまだ活躍しているようだ。
磁気テープの歴史
先進的企業における活用例の前に、キャッシュカードとクレジットカードに磁気ストライプをつける基となった磁気テープの歴史から見てみよう。
磁気テープは、テープ状になったフィルムに粉末状の磁性体を接着させた記録媒体である。磁気テープの原理は、1928年にドイツで紙やシートに酸化鉄を塗った記録媒体として開発され、第二次世界大戦中に、磁性の変化を活用して音や音楽などを記録する媒体として実用化された。当初は、テープが巻き取られたリールを裸で保管するオープンリール方式だった。1960年代以降はリールがカートリッジに納められたカートリッジ式が開発され、音楽はカセットテープとして普及が拡大した。また、映像の記録用にも開発され、1970年代には家庭用ビデオテープ、1980年代には8ミリビデオテープとして利用されたことを記憶している方も多いだろう。
一方、コンピュータにおける利用では、1951年にUNIVACが商用コンピュータの入出力装置として磁気テープによるストレージをリリースしたのが世界初とされる。その後IBMもテープストレージを製品に加えたので、磁気テープはコンピュータの主要な記録媒体とされた。大きなコンピュータ用の磁気テープは、順番に記録保存されているので、データの頭出しのために該当箇所まで何度も回転して必要とするデータを読み出す必要があり、初期のコンピュータの映像といえば、大きな複数のリールが右に左にくるくる回転する様子であったことが思い出される。データが大量になれば、多数の磁気テープが並列的に利用され、磁気ディスクに代わっても、DASD(Direct Access Storage Device)と呼ばれる今とは比べ物にならない極めて大きな外部記憶装置が必要であった。 小型のオフィスコンピュータが開発されると、記憶媒体は1970年にIBMによって開発された磁気ディスクの一種であるフロッピーディスク(FD)に変わった。このように、コンピュータにおいては磁性を帯びた記録媒体が専ら活用されていたのである。
磁気ストライプ式カードの誕生
券面に磁気が張り付けられたカードは、IBMの技術者の発明である。
1960年にIBMがアメリカ政府のセキュリティシステムのために発明したものといわれ、接着剤で磁気テープの一部を切り取って、カードに貼り付けようとしたがうまくいかなかったところ、奥さんが使っていたアイロンの熱で接着できたとの逸話が残っている。
この磁気ストライプに情報を記録する方式は、情報の国際標準化(ISO/IEC 7812)により、クレジットカードやATMカード、プリペイドカードといった金融分野だけでなく、石油、航空、旅行、通信、医療分野などに割り当てられている。
ところで、日本の銀行のATMカードは、写真にあるようにカードの表面に磁気ストライプが貼ってあったが、現在はないように見える。また、国際ブランドカードが日本に普及する前のクレジットカードも、カードの表面に磁気ストライプが貼ってあった。
これは、日本の金融機関が国際標準規格ではなく、JISⅡ規格に従っていたためである。そのため国内のATMはカードの表面の磁気ストライプ(現在のゆうちょ銀行やセブン銀行など国際規格に対応したATMを除く)を読むように設計されている。現在は、表面の磁気ストライプの上から、プラスチックカードのデザインと同色に塗られているだけであり、よく見ると、磁気テープが張ってあることがわかる。ICチップを読み取る機能のないATMを利用する場合は、磁気テープに記録された情報で取引し、ICチップ読み取り機能のあるATMでは、磁気テープとICチップを読んでICチップ取引となる仕組みとなっている。 このように、磁気ストライプは、実はまだ利用されているのである。
なぜ今磁気テープなのか
さて、磁気テープの話に戻ろう。音楽テープは、デジタル化したCD、MDを経て、現在は、楽曲をダウンロードせずに、ストリーミング形式で聴く方式にまで変化し、記憶媒体を個人が保有しないところまで変化している。
また、コンピュータ・パソコンでは1990年代以降は、DVDなどのハードディスクやソリッドステートドライブ(SSD)などが開発され、読み書き速度に劣る磁気テープは、コンピューター向け記憶媒体としての第一線をリタイヤし、磁気テープはすでに過去の遺物になりつつあると思っていたところ、2010年頃からデータ用磁気テープの生産量が増加しているという。
調べてみると、磁気テープは、データバックアップ用に主に再活用されていた。
磁気テープが見直されているのには、2つの理由がある。一点目は、テープストレージにおける大容量化技術の開発が進んで、磁気テープによる情報ストレージの低コスト性が注目されるようになっている点である。また、磁気テープへの記録時に使用する消費電力が少なくてすみ、コストパフォーマンスがよいこと。したがって二酸化炭素の排出量が少なくてすむ。さらに現在のカートリッジ式の磁気テープは可搬性、耐衝撃性、保管性に優れており、磁気テープに記録したデータを遠隔地の保管倉庫に定期的に輸送するのにも便利とされている。
二点目はセキュリティ面での評価である。バックアップを取った磁気テープをオフラインで保管しておくことで、オンラインでの様々なサイバー攻撃の対象外となり、トラブル時にも、素早く対応できる。実際に、あのGoogleやMicrosoftが、取引関係のデータバックアップに磁気テープを使用している旨公表している。重要なデータを保存している病院や企業も、バックアップデータの保存先として活用しているようである。
先般、病院のカルテシステムが身代金要求型マルウェア(ランサムウェア)」により暗号化された事件があったが、カルテ情報などを元に戻すための磁気テープによるバックアップで早期に対処できたとのことである。また、磁気テープの寿命も延びており、HDDなどでの保存より有利として、放送業界でも磁気テープでのアーカイブ保存が主流となっているとのことであった。
記録媒体として実用化されてから80年以上たっても、磁気テープがデジタル化されたデータのバックアップのための記録媒体として再活用されていることは意外であり、デジタル化していく社会におけるバックアップの重要性と既存技術の活用にも目を向けていく必要性を改めて感じた。
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