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第32回:「市場構造の変化とデータ活用モデル(2)」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

友人との会話でよく話題になるネタがある。

私 :「ポイントカード使ってる?」
友人:「うん。普通に。Tポイントとか。」
私 :「ポイント、嬉しいよね〜。」
友人:「そうだね。得した気分になる。」
私 :「で、もちろん、規約は読んでるよね?」
友人:「え? (驚)」

ポイントの誘惑は相当なものらしい (笑)。100円あたり0.5円程度 (多いところでは2円程度) のポイントがもらえることで、進んでポイントカードを出している人も見かける。でも、聞いてみると規約を確認していないケースが多すぎる。

上記のネタは講演でも使う。聴講者に上記の質問をしてみると、100人のうち、規約を理解したうえで使っている人は1人いるかいないか、だろうか (規約を読んで使うのをやめた、という人も数人程度いる)。

さて、あらためて。

あなたはポイントカードを使っているだろうか。
上記がYESの場合、規約の内容はしっかり理解しているだろうか。

上記の本質は「個人と事業者の間に信頼関係が構築できているか」を問うことにある。自分の得失を納得の上でサービスを使うのであれば問題ない。デメリットを知らずに、メリットだけを見て便利だと思っているケースが多すぎることが問題だと言われる。

前回 (第31回)、CCCマーケティングとトレジャーデータによる新サービスを紹介した。同意に基づくデータ活用でライフスタイルの洞察を可能にする新たなデータサービスの挑戦は興味深い。一方で、消費者が「同意した覚えがない」と感じるのではないか、という指摘もある。その懸念を示したのが前回の〆だった。

顕名市場では、個客と事業者の間の信頼関係は極めて重要である。今回は、前回に引き続いて、市場構造の変化とデータ活用モデルを考えつつ、信頼の意味を考察してみたい。

<規約の話>

最初に、規約について振り返ってみたい。前回 (第31回) は、Tポイントに関連する新サービスの話をした。せっかくなので、ここでは、Tポイントを使う人に関係する、T会員規約について見てみよう。といっても法的な文面を見るのは辛いので、簡単に (笑)。

Tポイントを使う人はT会員規約に同意していることになっている (という表現も変な感じだが、笑)。T会員は次の2種類。いずれも「本規約 (T会員規約) に同意の上、当社が定める所定の手続きにより会員登録を申し込み、当社が承諾した個人」だそうだ。

  • T会員ネットサービス登録をした会員
  • Tカードの発行を受けた会員

最近のT会員規約のページは親切になった。以前は、規約で書かれていることを理解するには、全文を詳細に読み込む必要があった。今は、ページのトップに (規約の文面が始まる前に) 次の記載がある。おそらく、ここが一番重要だという意思表示だろう。

  • T会員規約は、Tカードを提示、または指定IDを入力の上で利用されたご利用情報がカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)に提供されること、また、CCCおよびそのグループ会社においては共同で利用されるとともに、提携先に対しては個人情報として提供されることの記載を含みます。

(参考、2022/8 参照) https://tsite.jp/tm/pc/register/STKIp0108001.do

つまり、T会員規約には第三者への個人情報の提供が明記されている。Tポイントに紐づく情報が「提携先」に対して個人情報として提供される。あなたの情報は、他の人にも渡します、と明言するのは、ある意味で潔い。ぜひ、Tポイントを使う人は、この部分を深く理解してほしい。

参考までに記しておきたい。上記に記載されている「提携先」はTポイントが貯まる・使えるところはすべて含まれると考えて良い。ざっと、企業数で5,700以上、店舗数は165,000以上もある (2021年3月)。数えてみると、ものすごい数の提携先があるものだ。

(参考) https://mk.ccc.co.jp/tpi/
(参考) https://t-point.tsite.jp/store/

彼らが提供する新サービス “CDP for LIFESTYLE Insights” の利用企業は、上記の「提携先」に含まれる可能性が高い。つまり、T会員規約に従うと以下の内容がそれらの企業、店舗に提供される可能性がある (第30回参照)。

  • 性別、生年月日、居住地などの会員属性
  • 既婚/未婚、子供の有無などアンケートによるライフスタイル情報(全25項目)
  • 衣・食・住などの志向性データ(全370項目以上)
  • スーパー、ドラックストア、コンビニ、TSUTAYAでの購買履歴
  • 今後は1秒単位のテレビ視聴データも

あらためて聞いてみよう。

そのくらいのことは理解した上でTポイントを使っているだろうか。
あるいは、そんなことは想定してなかったと感じるだろうか。

<信頼とデータの共有>

「同意」とは何を意味するのだろうか。同意という儀式 (?) は利用者の意思を反映させる手段として適切なのだろうか。現状の多くのサービスは同意を前提としている (各種法制度でも同意が必要だと謳っている) が、その手段は本来の「同意」を示す上で有効なのだろうか。

利用者の同意を前提とするデータ活用を疑問視する声がある。もちろん、同意が不要だと言っているのではない。利用者の同意を 1-click で得たことにするのは無理があるのではないか、という考え方である。例えば、ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授は、利用規約でプライバシーを取り締まる方法は間違っていると指摘し、それを利用者の判断だけに委ねるべきではないと説く。

(参考) 「ローレンス・レッシグに聞く、データ駆動型社会のプライバシー規制」、MIT Technology Review (2019/7)

実は、市場構造の変化はデータ活用の前提にも影響する。匿名市場から顕名市場へのシフトがデータ活用の前提を大きく変えようとしている、とも言える。

匿名市場は顧客をマスと捉える。すべての利用者は、一律な利用規約に同意するか・しないかの2択に直面する。もちろん、サービスを利用するには同意を選ぶしかない。Tポイントが匿名市場の時代に生まれたサービスであることを考えれば、前提条件が一律な利用規約への同意なのは必然だったのかもしれない。

顕名市場は個客 (一人ひとりのお客様) を対象とする。基本的な利用規約は存在するが、その上で、どのサービスを利用するか or 利用しないか、どんなデータを事業者と共有するか or しないか、また、データ共有の範囲をどうするか、などは個客一人ひとりが柔軟に選択できる (GoogleやFacebookの設定項目の多さにうんざりしている人も多いだろう、笑)。

顕名市場では、個客一人ひとりが、事業者との信頼の強さに応じて、その関係性を柔軟に選ぶことができる。個客は、どこまで・誰と情報を共有してよいかを個別に選択する。視点を変えると、個客と事業者との信頼の強さがデータ共有の範囲にも反映される、とも言える。

<新たな信頼モデルの可能性>

個客を取り巻く新しい信頼モデルの可能性についても触れておこう。

本連載で紹介してきた顕名モデルの事例では、個客と事業者の直接的な信頼モデルの構築を目指すものが多い。一方で、ローレンス・レッシグ教授が指摘する通り、利用者一人ひとりがプライバシーポリシーを細かく理解していることが稀なのは否めない。結局、利用者の判断だけに委ねるのは難しいという問題は残る。

これに対し、データ活用に関する新たなガバナンスモデルも提唱されている。慶応大学の国領教授は、信頼をベースにしたサイバー文明のガバナンス構築が必要だという。その考え方は、データを個人や法人の所有物として囲い込むのではなく、信頼できる第三者への信託と忠実義務によるデータ活用モデルに基づく。

(参考) 「サイバー文明論」、國領二郎、日本経済新聞出版 (2022/5)

信頼できる第三者への信託と忠実義務によるデータ活用の考え方は大きなヒントになりえる。それを成立させうるビジネスモデルの登場と適切な法制度の準備が必要だが、利用者一人ひとりの価値観を大事にしつつ、その実装や運用は (個人に判断を委ねるのではなく) 信頼できる専門的な第三者に任せることは理にかなっている。今回は紙面の関係で詳細には触れないが、信頼を前提とする顕名モデルだからこその世界観が描けるのかもしれない。

<おわりに>

匿名市場から顕名市場へのシフトは信頼モデルにも大きな変化をもたらす。信頼モデルは市場の意識醸成にも大きく影響する。データ活用による新しい価値創造の社会を目指すのであれば、市場全体にそれを受け入れる「意識」が醸成されることは大前提である。

匿名市場では一律な利用規約が準備され、利用者が深く理解せずに1-clickしても、それを同意とみなした。実際ポイントサービスでは、多くの利用者が規約の内容を理解していない。結果的に、データを活用する様々なサービスの登場に伴い、「同意した覚えはない」「そんな使い方は想定していなかった」「データが勝手に使われるのは怖い」など、データ活用に対するネガティブな意識が市場に広まったことも否めない。

顕名市場が目指す世界では、個客と事業者の信頼関係があってはじめて同意と見なす。本連載で紹介している顕名サービスの多くがそうであるように、個客は、自身の得失を理解し、事業者との価値共創に意味を見出すからこそ、自分のデータを事業者と共有することがリーズナブルだと感じる。このことは、データ活用に対するポジティブな意識を市場に浸透させる。

今後のデータ社会 (サイバー社会) に向けて、信頼できる第三者への信託と忠実義務によるガバナンスモデルは、さらなるデータ活用を推進する可能性がある。信頼に基づくデータ活用が市場のポジティブな意識醸成につながることを期待したい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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