アフターコロナ第20回:バス輸送インフラはどうすれば維持できるか
コラムテレビでローカル路線バスの乗り継ぎ旅のような番組を見ることが多い。都内主要ターミナル駅ではひっきりなしに稼働するバスも、地方小規模都市では、路線の廃止が進むとともに、朝夕を除く日中はほとんど運行されない地域が増加しているようだ。国土交通省の統計でピーク時の1970年と2020年を比較すると、定期運行される乗合バスの車両数(67,911→60,402両)や走行距離(2,935→3,099百万キロ)に大きな変化はないが、年間の輸送人員は約100.7億人から43.5億人と半減以下になっている。三大都市圏では、45.7億人から29.2憶人と約37%の減少にとどまるものの、その他の地域は55億人から、14.2億人に約75%も減少している。これらの事実から、インフラとしてのバス輸送網は維持されているものの、地方では、交通機関としての役目が終わろうとしているかのように思える。
現在のバスが生まれるまで
世界で最初のバスは、1662年3月、パリで哲学者パスカルによって考案されたといわれている。360年前のことなので、自動車はおろか、蒸気機関もまだ存在しておらず、この時の「バス」は6~8人乗りの馬車を指している。馬車の歴史は古く、紀元前のローマの時代から使用された記録がある。当時は今の戦車や兵器運搬車として、また、都市間の貨物輸送手段として利用されていた。その後は、人の移動手段として徐々に普及していき、17世紀にばねによるサスペンションが開発されてからは、貴族など富裕層の乗り物になった(シンデレラの乗る「かぼちゃの馬車」が脳裏に浮かぶ)。
富裕層の乗り物だった馬車を大衆の乗り物、すなわち、今のバスに相当する「乗合馬車」として、乗車区間ごとに定時運行され、料金を支払えば誰でも乗れる方式を考案したのがパスカルだった。しかし、区間運賃制や利用条件の煩わしさなどで人気が続かず、1677年に廃業したようである。18世紀になると、馬車は車輪やスプリングの改良を経て、ヨーロッパの主要都市間を結ぶ「駅馬車」として整備されて利用が拡大し、アメリカでは、長距離急行馬車などが発達することになる。
日本では、明治になって導入されたが、交通ルールが整備されていないまま道路を自由に走ることが危険視され、2本のレールの上を走る馬車鉄道のほうが安全だとして、明治13年(1880)11月、東京馬車鉄道会社による馬車鉄道路線の設置が認可され、明治15年(1882)6月に新橋~日本橋間で営業を開始している。しかし、1872年に我が国最初の鉄道が新橋・横浜間に開通していたため、線路を走る馬車は、短命で終わった。
自動車によるバスの運行
現在のようにエンジンで走るバスは、明治36年(1903年)9月20日、京都の二井商会が蒸気自動車を改造した6人乗りで堀川中立売 – 七条駅、堀川中立売 – 祇園間ではじめて運行された。(この日が「バスの日」となっている。)
鉄道もバスも一度に多人数を輸送できるが、鉄道の場合は、線路の整備に長い期間と多大な費用がかかり、これを事業者が負担する必要がある。バスはトラックや自家用車、バイクなどとともに原則として国が整備する道路を使用するので、路線開拓費用は鉄道に比べて廉価となる。そのため鉄道より早期に全国で路線網が整備され、重要な交通インフラとして機能してきた。
したがって、バスは路線そのものの維持コストが低い点では鉄道より有利であるが、自家用車やバイクに比較すると、鉄道同様に認可された路線しか走れない点において、利便性に欠ける。自動車が希少で高価だった頃はともかく、大量生産により価格が低下するとともに高度成長により所得水準が向上し、オートローンを使えば誰もが自動車を保有できるようになった。その結果として鉄道やバスを移動手段として必要としない層が拡大し、冒頭にあげたように、輸送人員の減少につながっているといえよう。
バスも自動運転と燃料電池の時代に
バス運送は公共性があり、バスの路線網と運行車両を維持しなければならない一方、輸送人員が減りつづければ、経費率が高くなる。バスの運行形態も、運転手のほか切符販売兼助手の車掌が乗って運行されていた創業期から、運転手だけのワンマンバスの運行に早期に切り替えて人件費を削減しているが、さらには、運転手をなくした自動運転に変わろうとしている。
例えば、JR東日本管内の気仙沼線では新交通システムのBRT(Bus Rapid Transit:バス高速輸送システム)において、自動運転の技術実証に取り組んでいる。2018年に時速40kmの走行試験、車線維持制御実験、速度制御実験、トンネル内走行実験、障害物検知実験、交互通行実験、車内モニタリング実験などを実施。将来的には、完全無人の自動運転レベル4を目指す状況にあるという。ほかにも、愛知県日進市などで自動運転バスの実証実験が実施されている。すでに中国では実証実験段階を終え、上海市、広州市、長沙市など一部都市では、営業運転が行われ、乗客はスマートフォンアプリやSNSのミニアプリで予約し、自動運転バスに乗車している。
また、駆動機関も、かつての馬(馬力)から、化石燃料で動くエンジンに代わり、現在は水素を使った燃料電池バスに代わろうとしている。都営バスは、2022年2月現在71両の水素バス(燃料電池バス)を走行させている。都営バスの水素バスへの取り組みは古く、2003年にトヨタ自動車と日野自動車が共同開発した燃料電池バスの実証実験を開始し、2014年11月から積極的に導入を開始している。
しかし、地方のバス会社は、自動運転によるバス運行による人件費削減だけでは根本的な問題を解決できない。バス運行路線は固定化されており、各世代のニーズや地域の特性に合った柔軟な運行ができず、現状に対応できていないからである。タクシーのように、乗客の希望する乗車地から行先のニーズに応え、かつ、低料金で運行できれば、バスは自家用車の利便性に近づく。車を持たない、運転できない住民のための足、高齢化で自動車運転免許返上者に対するアピールとしての存在意義が高まる。
オンデマンド運行の課題
この観点からの取り組みが「オンデマンド運行」と呼ばれるものである。例えば、茨城交通などを傘下に置く「みちのりホールディングス」は茨城県高萩市で朝夕は定時運行しながら、日中はスマートフォンから乗りたいバス停と降りる停留所を選択してバスを呼び出せる「呼出型最適経路バス」の運行を始めている。高速バス大手WILLERは渋谷区でワゴン車によるAIを使ったオンデマンドの配車サービスを開始している。ソフトバンクとトヨタ自動車が出資するモネ・テクノロジーも群馬県沼田市やさいたま市など多数の自治体にAIを使ったデマンドサービスを提供する。この連載でも、JR東日本が東北地区で実施している列車の運行などと連動したオンデマンドバス(東北MaaS)第11回を紹介したが、乗客の少ない高齢者の移動が中心の日中のニーズ掘り起し、予約状況から効率的な運行を管理しつつ、移動情報に基づく新たな路線開拓やイベント等への増便などが可能になる。
水素バスなどの燃料電池自動車で脱炭素を実現しながら、もっと身近で使いやすいオンデマンドで運行することで、前回扱った夜行列車のように、地方でもバス運行が再び脚光を浴びる可能性もあるのではないか。
しかしながら、茨城のオンデマンド運転の予約では、大部分が電話を利用しているといい、人的対応が円滑な運用のネックになっているという。また、予約制で運営するデマンド交通を導入する560を超える自治体のほとんどが人力で対応しているという。これでは自治体の負担が大きすぎる。より利便性の高いバスインフラを確保するには、AIの活用と同時に利用者に対するスマホの操作の講習などが必要であろう。金融取引、オンラインショッピングといった事業者側のニーズを背景にした教育に加えて、オンデマンド運行のように利用者にとって身近な利用に紐付けたIT教育となればより効果的ではないだろうか。
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