アフターコロナ第16回:キャッシュレス決済の副次的メリット
コラムいくつかの所要があり、12月だけで関西を3回訪問した。このうち、2回目の目的は、南海電車のVISAタッチ決済の実証実験とパナソニックと道頓堀商店街の顔認証決済の実証実験の取材だった。12月はコロナの感染者数もきわめて少なく、土曜日であったためか道頓堀は若年層のカップルや、小さな子供を連れた家族連れが多く、年末前の休日を精一杯楽しみ、消費も進んでいるようだった。
南海電車のVISAタッチの取り組み
南海電車のタッチ決済の実証試験は2021年4月3日から開始されている。南海電車では、駅の改札口に設置されたVisaタッチリーダにVisaの非接触ICカード(クレジット・デビット・プリペイド)をかざして乗車し、同じカードで下車駅の改札口の端末機にタッチすると運賃の決済が完了する。筆者は、25日の「利用運賃100%キャッシュバックのクリスマスプレゼント」実施日に三井住友銀行のVisaデビットカードを利用した。
実証実験は、関西空港に接続し、通勤路線でもある和歌山線と観光地である高野山につながる高野山線で行われている。しかし、実施駅の改札口のすべての改札機にVisaタッチリーダが設置されているわけではない。関西で普及するICOCAなどの共通ICカードだけでなく、SUICAなど各地の交通系ICカードの共同利用が進んでいるためだろう。南海電車の始発ターミナルのなんば駅では複数の改札機にVisaタッチリーダとQRコード読取機の設置があったが、堺駅では、正面出口ではない西口改札には、設置がなかった。コロナ禍で関空のインバウンド需要がほぼ止まっている現状ではやむを得ないだろう。しかし、訪日観光客はやがて回復するだろうし、2025年の大阪・関西万博に向けて、訪日客の都市交通での利用に耐えられるインフラとして確立させる狙いがあると思われる。
関西で進む新たな非接触の決済
関西では以前から、運賃精算のキャッシュレスへの取り組みが共同して行われている。きっかけは、阪急電鉄が1992年4月1日から運用を開始した、乗車券の購入や運賃精算に利用する磁気カード型のプリペイドカード(名称:ラガールカード)向けの新システムに、1994年に能勢電鉄、1996年3月には阪神電気鉄道、大阪市交通局、北大阪急行電鉄が参加し、「スルッとKANSAI」の統一名称を用いての共同運用を開始したことに始まる。「スルッとKANSAI協議会」には近畿圏の鉄道会社だけでなくバス事業者も加入し、岡山県や静岡県の交通事業者にも拡大している。発行主体は、各電鉄会社なので様々なデザインの「スルッとKANSAIカード」が発行され、各路線の乗り継ぎができて非常に便利である。2004年からは、非接触型ICカード「PiTaPa」が導入されたが、「PiTaPa」はポストペイ型であり、クレジットカードなしで口座引き落としができ、プリペイド型の「スルッとKANSAIカード」との棲み分けがなされている。なお、2017年3月の「スルッとKANSAIカード」の廃止に伴い、南海電車など10社がプリペイドカード(定期券)として「ICOCA」を導入した。このように、関西圏では、非接触ICカードPiTaPaとICOCAを介した交通運賃の決済の共通化が図られてきた歴史がある。また、本コラムでも紹介したように、京都の丹後鉄道では2020年11月25日から国際ブランドカードの非接触ICカードを利用した運賃の精算が始まっており、関西の私鉄では進取の取り組みが続いている。
Jライブラリー|アフターコロナ第9回:交通機関での新しい非接触決済が拡大している (jintec.com)
今回の南海電鉄の半年を超える実証実験が評価され、インバウンド需要が回復すれば、海外から日本に来た際、空港からの交通機関の利用に普段使いの非接触カードによる精算ができるシステムへのニーズが高まり、関西鉄道各社だけでなく、全国の鉄道事業者に国際ブランド非接触決済が普及する素地となるだろう。
顔認証決済にはまだ課題が
鉄道では、定期的、かつ多数の利用者があることから、キャッシュレス化が進むことに様々なメリットがあり、30年前から取り組まれてきたものと考えられる。しかし、これ以外での業種でのキャッシュレス化が、なかなか進まないのは、メリットを実感できないのが原因であろう。
筆者は、道頓堀商店街の顔認証実験のほか、NECと富山市顔認証システム社会実験も体験し、空港の顔認証システムも利用する。コロナ禍で、混雑度状況をリアルタイムに表示する「混雑度表示デジタルサイネージ」と顔認証決済と連携した電子クーポンなどのニーズも高まってはいる(南紀白浜の顔認証実験など)。また、昨年12月1日からファーストキッチンが、一部店舗で顔認証決済を開始し、クーポン番号を入力せずに決済できるようにするなど、ナショナルチェーンでの取り組みも始まっているし、「つくばスマートシティ推進協議会」と関東鉄道による定期券に代わり顔認証を用いた乗降車実験、車椅子利用者がスマートフォンで乗降依頼を行う乗降車介助サポート実験、筑波大学キャンパスMaaS、医療MaaS(顔認証とアプリ活用による予約受付決済)のように地域全体を対象とした取り組みも行われている。しかし、他の顔認証システムとの連携がなく、まだ実験の域を出ていない。
利便性を高めるには、認証に用いる「顔認証情報」の共同利用が必要である。しかしマイナンバーカードの普及が進まない現状や国民感情を踏まえて取り組む必要があり、国際ブランドカードによる非接触決済のように地域外、国外も含めて「誰でも」「どこでも」「常に」利用できるようになるには、まだ課題が多い。
お賽銭のキャッシュレス化にはメリットが大きい
一方、新たに普及を期待するのが、お賽銭のキャッシュレス決済である。年末年始の関西訪問では、昨年11月京都で初めて導入された東本願寺のQRコード決済の「J-Coin Pay」と「Union Pay」によるお賽銭の電子納付がその後どの程度進んだかの調査目的があった。
京都では、2019年から下鴨神社が国際ブランドカードとほとんどの電子マネーによる決済サービスに対応していたが、お賽銭には対応していなかった。しかし、今回の調査でも、キャッシュレス化がほとんど進展していないことが分かった。その背景には、京都仏教会が2019年6月28日に公表したキャッシュレス反対表明があるのかもしれない。絵はがきやキーホルダーといったグッズを販売する収益事業に対するキャッシュレス化は容認しているが、信者の個人情報や宗教的活動が第三者に把握される恐れがあること、将来的に宗教課税が発生する可能性もあること、信者や寺院の行動が外部に知られることで宗教弾圧に利用される恐れがあることなどを反対理由としている。
確かに、信教の自由に関する懸念は理解できるが、お賽銭や法要のキャッシュレス決済で信教の自由が侵害されるとは思えない。課税の問題は別次元の問題だ。そもそも、キャッシュレス化は、神社仏閣に実利が大きいのではないかと筆者は考える。第一のメリットは、正月などにお賽銭の勘定の手間を大きく省くことができる点だ。また、小銭両替手数料が導入され、ゆうちょ銀行も今年から有料になったいま、両替手数料削減効果も大きい。さらに、最近は頻繁に発生しているらしい賽銭泥棒を防ぐことができ、警備コストの削減が可能だ。最後に、お賽銭の増額が期待でき、寺院の維持に貢献できることがあげられる。
そもそもお賽銭の額は、特に定められたルールがあるわけでない。お賽銭額は、本人の気持ちと願い事の深さ、そして、お財布にある現金に左右されるのではないだろうか。
しかし、深い祈願をしたいが、初穂料や玉ぐし料を別途手続してお願いする時間もない場合も多い。そのようなときには、お賽銭に気持ちをこめて、もしくはゲンを担いだ、語呂合わせの金額をお賽銭にすることもあるのではないか。
キャッシュレスお賽銭が可能になれば、8981(厄払い)、9674(苦労なし)、101000(当選)、11104(いい年)、41104(良い年)、など今まで小切手を利用しなければできなかったお願いが可能になる。ほかにも、415(良い子)、625(無事故)、2200(夫婦ラブラブ) 、2574(事故なし)、2951(福こい)、3949(サンキュー子宮=出産に感謝)、4976(良くなる)、4771(死なない)、6980(報われる)、8251(初恋こい)など、いろいろ神様へのお願いや感謝を込めたお賽銭が可能になる。キャッシュレスが普及し、定番の5円硬貨や100円硬貨がないケースも多い。元は、祈願や祈願成就のお礼には、お米などが使われていたのが、中世以降は金銭になったという。金銭が進化した電子マネーに切り替わるのも時代の流れである。しかも、スマホアプリで支払う場合、双方向通信が可能になる。電子マネーお賽銭に反応しておみくじ配信や神様からのお言葉などを組合わせるなど工夫次第では、一気に変化する可能性があるのではないだろうか。
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