第15回:顔が見える宿泊サービス
コラム<はじめに>
Airbnbというサービスをご存知だろうか。
「いや、さすがにAirbnbは知ってるぞ」と怒られるかもしれない (笑)。
念のために紹介しておく。Airbnbは部屋や家を貸したいと考える人と、部屋や家を借りて滞在したいという人のニーズをマッチングさせるサービスを提供する。ホストは自らが所有する部屋や家を貸すことで収益を得る、旅人はホテルなどと比較して安価で良い物件に宿泊することが可能、などが市場に受け入れられて世界的に普及した。
さて。Airbnbは、貸出物件の効率的なオンライン仲介サービスなのだろうか。確かに、Airbnbの仕組みを利用して民泊業 (所有物件の貸出、という意味では不動産業に近い) を営む人が続出したことは確かである。しかし、それがAirbnbの本質なのだろうか。
実は、本来Airbnbが目指していたものは顔が見える宿泊サービスである。それは、本連載で紹介している「顕名」サービスに相当する。
今回はAirbnbのサービスの生い立ちを振り返りながら、顔が見える宿泊サービスの意味を考え、Airbnbが描いている世界観について紹介したい。
<Airbnbの登場>
Airbnbは2008年にスタートした。創業者はブライアン・チェスキー (Brian Chesky)、ジョー・ゲビア (Joe Gebbia)、ネイサン・ブレハルチク(Nathan Blecharczyk) の3人。ビジネスアイディアを思いついたきっかけは、当初、サンフランシスコに出てきたブライアンとジョーが借りた部屋のロフトを、家賃の足しにするために貸し出したことだったと言われる。
Airbnb には様々な創業秘話がある。それだけでも本が一冊書けるほどだ (笑)。 例えば、資金を集められずクレジットカードで借金をしてお金を工面したなんて話は序の口。民主党大統領候補者だったバラク・オバマと、共和党の大統領候補だったジョン・マケインのスペシャルデザインシリアル (朝食に食べる、あれ) で売上を上げたとか。楽しい (いや、ホントは、深刻な…) 話がいろいろあるので、興味のある人は、ぜひ調べて見て欲しい。
そのAirbnbも、今ではシェアリングエコノミーの先駆的存在として名高い。宿泊先を提供するホストと宿泊先に滞在するゲストをつなぐモデルを基本とする。宿泊に関するシェアリングサービスのマーケットプレイスと考えるのがわかりやすいだろうか。
Airbnbに関する数字も見ておこう。現在、Airbnbに登録される宿泊先は、世界220カ国、10万都市に広がる。290万ホストが登録され、宿泊先は700万にも及ぶ。世界最大と言われるホテルブランドのMarriottグループで137カ国、ホテル数7,300軒、部屋数138万室、と考えると、Airbnbのスケール感がどれほどかわかるだろうか。Airbnbは、2020年12月に米ナスダック市場に上場し、2021年4月現在、時価総額は10兆円を超える。
ビジネスモデルは、ホストとゲストの双方から発生する手数料が収益とする。ざっと調べてみたところ、手数料はホストが3%程度、ゲストは最大20%のようだ。
<Airbnbがもたらしたインパクト>
AirbnbはDX (Digital Transformation)の視点からも市場に強烈なインパクトを与えた。創業当時、DXという言葉を使う人は極めて少なかったが、振り返ってみると、あきらかにデジタル技術で市場構造を大きく変えた先駆的な存在である。サービスもビジネスも、そして経営モデルも、イノベーティブな変革に溢れた興味深い事例である。
Airbnbのイノベーションのひとつは経営資源の変革である。Airbnbはホスピタリティ業界に属する。簡単にいうと、ホテルや旅館などと同じ分類である。前述の通り、展開国数、施設数、部屋数など、MarriottやHyattなどのグローバルホテルブランドと比較されることが多い。一方で、Airbnbが、従来のホテルブランドと決定的に違うのが「経営資源」の考え方であることは注目に値する。
従来のホテルブランドは、ヒト・モノ・カネを経営資源と考える。事業規模を大きくするためには、市場シェアも必要だが、同時に「ヒト = 従業員」「モノ = ホテル」の数、そしてそれを支えるための「カネ = 資本」を大きくしていくことが求められる。昔ながらの経営スタイルでは当たり前の話である。
一方、Airbnbは「オンデマンド」な経営を可能にした。デジタル技術によるイノベーションの一つは、必要なときに必要な資源 (resouce) を手にすることを可能にしたことである。Airbnbは自前のホテルは持たない。従業員はデータサイエンティスト、ソフトウェア技術者など15,000人と言われるが、ホテル業務をする従業員はいない。Airbnbは宿泊サービスのためのヒト・モノを持たず、第三者のホストが必要に応じて宿泊施設を提供してくれる「仕組み」を作り上げた。これは、オンデマンドエコノミーとして分類される、デジタル時代の特徴的な経営スタイルのひとつである。
デジタル時代にはヒト・モノ・カネの規模よりも、事業展開のためのスピードとスケールが重視される。例えば、海外展開するとき、既存ホテルブランドはホテルを建築し (もしくは買収し)、従業員を雇って、一定規模のホテル事業としてスタートする。一方、Airbnbは、そのサービス内に、その国のホストが宿泊先を登録してくれれば事業を開始できる。必然的に、事業展開のスピードやその後の拡大のしやすさ (スケール)、さらには撤退リスクや撤退コストも圧倒的に違う。
<Airbnbと顕名サービス>
実は、Airbnbは「顔が見える宿泊サービス」を重視している。本連載で何度も紹介している通り、デジタル時代には匿名市場から顕名市場へのシフトが進む。宿泊サービスであっても顕名を前提とすることは必然の流れである。
例えば、Airbnbで紹介される宿泊先情報は、顔写真付きでホストの紹介が参照できるようになっている。その宿泊先を提供しているのは誰で、その人がどんな人なのか、あるいはどのような思いでホストをやっているのか、など、様々な情報が記載されている。例えば、下の写真にあるKevin氏は Superhost (最高のホスピタリティを提供することをAirbnbから認められている特別なホスト) であること、700を超えるreview実績があること、さらには本人確認済みであることなどが記載されている。ホストが信頼できる人であることも重要だが、同時に、オモテナシを期待できそうな雰囲気を感じさせるのも嬉しい。
Airbnbがホストとゲストの相互評価を重視していることも知られている。ホストは宿泊したゲストを評価し、ゲストは宿泊先及びホストの対応を評価する。双方向評価が可視化されることで、お互いに「宿泊体験」を良いものにしよう、というモチベーションが働く。
実は、Airbnbのミッションには同社が目指す世界観が表現されている。同社の“Mission Statement”によると、Airbnbのミッションは次のように記されている。
“to create a world where anyone can belong anywhere
and we are focused on creating an end-to-end travel platform
that will handle every part of your trip”
同社のビジョンは“Belong Anywhere”である。日本語にするのが難しいが、例えば「どこでも、居場所がある」や「どこでも、おかえり」などと表現するのが良いだろうか。単なる安い宿泊場所を提供するサービスではなく、ホストとゲストの関係づくりを通して、旅人が、どこにいても自分の心の拠り所が見つけられるような世界を感じさせる。
デジタル技術はホスピタリティ市場に新しい価値観をもたらした。単なる効率化やコスト削減、安価なサービスを提供するのではなく、顔が見える宿泊サービスを実現するためにデジタル技術を駆使する。まさに、顕名サービスの王道である。
<おわりに>
Airbnbがもたらしたイノベーションは強烈である。本稿では、その片鱗として、経営資源のデジタル化 〜 オンデマンドエコノミーの考え方について紹介し、企業の経営資源がヒト・モノ・カネを重視する時代から、スピードとスケールで事業規模を拡大する時代にシフトしてきたことを述べた。
また、Airbnbが考える「顔が見える宿泊サービス」についても紹介した。同社が提供するのは、単に効率的に安い宿泊先を見つけるためのサービスではない。“Belong Anywhere” をビジョンに掲げ、旅人がどこにいても心の拠り所が見つかるような世界観を描いている。そのために、ホスト一人ひとりに注目して、顔が見えるようなオモテナシの宿泊サービスを前面に打ち出してきたことは注目に値する。まさに本連載で紹介してきた、顕名サービスの代表格といっても過言ではないだろう。
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